守谷俊センター長を中心とした自治医科大学さいたま医療センター救急科の監修のもと、埼玉県では日本初のAI救急相談システムの実証が開始されています。本稿ではこの先進的な取り組みを紹介します。

寄稿:守谷 俊

1963年神奈川県横浜市生まれ。88年日本大学医学部卒。同年から日本大学医学部脳神経外科学教室に入局。92年米国ニューヨーク大学メデイカルセンター脳神経外科クリニカルリサーチャー。93年米国セントビンセント病院外傷ERセンター。97年より日本大学医学部救急医学教室。
2006年日本大学(専任扱い)講師。2013年日本大学准教授。14年自治医科大学総合医学第1講座(救急医学)教授、15年自治医科大学大学院医学研究科教授兼任、16年自治医科大学附属さいたま医療センター救命救急センター長、病院長補佐。内閣府中央交通安全対策会議専門委員。現在に至る。

はじめに

 AIによる救急相談は、世界初の試みであり、チャットボット形式によりAIを用いて医療施設受診の緊急度を判断し、応急処置のアドバイスを行います。今回は、AI救急相談の準備と実践を中心に、今後の本事業の方向性について言及します。

埼玉県における救急医療の現状

 一般市民が救急受診を相談する窓口として、「#7119」による救急電話相談がよく知られています(「#7119」事業は、令和元年12月現在、実施団体は16地域に及び、日本国民の40%以上がこのサービスを受けられるまでに普及してきました)。埼玉県では、「#7119」のサービスの拡充を全国に先駆けて、こどもに関しては2007年、おとなに関しては2014年に救急電話相談を開始し、2017年にはそれぞれの相談時間を24時間化しました。そうしたところこどもの電話相談においては、相談件数が急増し、2018年には全国一となり、おとなにおいても、年間15万件を数えるまで増加しました。クリニックや病院が終了する17時過ぎから22時には電話が集中し、「つながりにくい」という意見もありました。回線を増設するなど対応してきたが、専門的スキルや知識が必要な相談員を簡単に増やすことは困難でした。つまり、救急医療における需要にまだ対応が追い付いていない状況が続いたのです。
 その一方、埼玉県は、人口10万人あたりの医師数が全国で最も少なく、救急医療においても救急隊の現場滞在時間(全国都道府県で45位)が長く、重症患者の断りの案件(全国都道府県で46位)が全国平均を大きく上回っていました。この事実は、救急医療の供給体制が未だ不十分であること示しています。さらに県人口は今後2040年までは増加が予想され、救急医療のさらなる需要増が予想されることから、別の手段による適正受診の推進が必要であると県行政は判断しました。

#7119の内容からみえてきたAI救急相談の誕生まで

 需要の急増する埼玉県における救急電話相談の内容を解析すると、全体の約8割が軽症で、今すぐ救急車を利用した方が良い事例や、すぐに病院を受診した方が良い事例は約2割でした。前述の埼玉県における救急医療の需要増加と供給体制を鑑みると、医療サイドから見れば、夜間休日の救急外来は救命医療に集中することが望ましいです。事前相談による緊急度判定は、超初期トリアージを促すという点で有用だと考えられました。
 電話による相談のメリットは、人と人とのコミュニケーションが成立することによって確実な意思が通じるものと確信しています。しかしながら、若い世代でのコミュニケーションツールとしては、電話通話よりメールやSocial Networking Service(SNS)がストレスを感じない世代に変化してきたことがあげられます。埼玉県はちょうどその頃、「スマート社会へのシフト」という新たなビジョンを打ち出していました。医療行政への応用も歓迎され話は一気に加速し、救急電話相談として人間の知的活動をコンピュータ化したartificial intelligence (AI:人工知能) システムを組み込んだ「埼玉県AI救急相談」が発足に至りました。最終的にNEC(日本電気株式会社)の提案が採用され、埼玉県医師会や埼玉県看護協会および関係機関の専門家の協力により「埼玉県AI救急相談」開発プロジェクトがスタートしました。

AI事業を円滑に運営するためのコンセプト

 AIによる救急相談を開始するために確認しておくべき内容をリストアップしました。やはり現存する「#7119」救急電話相談との比較が重要課題となりました。 

●AI及び電話相談の利点を最大限に生かすことが重要である
●電話相談をAIにすべて置き換えることは不可能である
●救急電話相談との回答が違わないか
●入力した訴えすべてを症状別テーブルに必ず分類できるのか
●5段階の緊急度分類は適切か
●複雑な症状を相談した際の対応は可能なのか
●結果的にアドバイスが不適当だった場合の責任はどうなるのか
●AI相談では対応が困難な症状は何か
●AI救急相談を頻用してもらうためにはどうすれば良いか
●「言葉の揺らぎ」 における同義語集約は完全に可能か        
●119 番の必要な場合にどう画面構成を考えたら良いのか
●近い将来や遠い将来においてAI 救急相談はどうあるべきなのか

埼玉県AI救急相談の事業開始

 埼玉県AI救急相談は、埼玉県ホームページの「埼玉県AI救急相談」にアクセスすることで利用できます。( https://www.pref.saitama.lg.jp/a0703/aikyukyu.html )
 まず、相談者は、基本情報を入力し、相談の対象者となる情報をフリー入力します。「頭がクラクラしています」と入力すれば、AIが全体の文脈から意味を把握し、総務省消防庁緊急判定プロトコルver.2をAIバージョンに医師が監修した108(おとな70、こども38)種類の症状別テーブルの中から、そのうち相談対象者の症状にマッチしたものを選び、医師が監修したシナリオに従った質問に対して回答をボタン式で行います(表1:おとな用)。

表1

最終的に、「緊急度」が表示されるがそれまでで操作に慣れれば90秒程度で対応可能です。緊急度は、表2に示すように5段階で表示し、利用者へアドバイスします。

表2

また、緊急度判定が赤色で表示されれば、画面には「119番」のボタンが表示され、ワンクリックで救急車を呼ぶことができます。また、橙色~白色の場合は、症状によっては「首筋や腋(わき)の下、足の付け根などを、タオルを巻いた保冷剤等で冷やす」など、自宅でもできる処置をアドバイスします。さらに、途中で電話の相談員にどうしても言葉で知らせたい場合には、「救急電話相談」のボタンを押して相談員と直接電話をすることが可能となります。このように、AI救急相談は、手軽で簡単に使えるようになっており、より多くの県民の不安の解消となり、適切な救急医療機関への受診を客観的に示しました。緊急度が高いようであれば確実に救急搬送し、緊急度が低いようであれば適切な対処法をアドバイスします。救急医療の最適化を図ることが、救急相談における最大の眼目といえるでしょう。

1 2