島根大学は2016年に医学部では全国初となる「Acute Care Surgery講座」及び、専門的な外傷診療を行う「高度外傷センター」を設置しました。Acute Care Surgeryは、外傷外科、救急外科、外科的集中治療の3つを外科の一領域として考えるアメリカ発の診療概念です。日本における外傷診療では最先端、先進的な取り組みをされています。立ち上げの経緯から、課題、将来展望について、島根大学医学部附属病院高度外傷センター比良英司先生にインタビューしました。

Interview:比良英司

島根大学医学部附属病院高度外傷センター、同医学部Acute Care Surgery講座 講師
■専門医
日本外科学会外科専門医、日本救急医学会救急科専門医、日本Acute Care Surgery学会ACS認定外科医、日本外科学会外傷外科医養成研修事業研修修了者、臨床研修指導医
■その他活動
日本Acute Care Surgery学会評議員、SSTTサージカル インストラクター、PC3(周産期救命処置コース)インストラクター

高度外傷センターを立ち上げる経緯

ー高度外傷センターを立ち上げる経緯について教えてください。
 島根県は不慮の事故による10万人あたりの死亡率が全国ワースト7位であり、交通事故1件当たりの死亡者が多いという問題点がありました。そこで、島根大学は不慮の事故による重症外傷患者の救命率向上を目的として2016年4月に高度外傷センターを設置しました。また、同年1月にAcute Care Surgery講座を新設することで外傷を中心とした救急医療の底上げを教育面からもサポートできる体制を構築しました。
 その高度外傷センターで大きな役割を果たしているのがハイブリッドERです。2017年8月に国立大学で初めて導入しました。ハイブリッドERは、初療室、CT室、血管造影室、手術室の4つの機能が一つのユニットに集約されており、重症患者の治療を一つのユニットで全て完結することができるため、移動による循環動態の悪化や時間のロスを回避することができます。また、当センターのハイブリッドERはベッドが手術台となっているため、手術に必要なアクセサリーを使用することで、例えば重症頭部外傷に対する開頭術と体幹部外傷に対する開腹術を同時に施行することが可能であり、重症外傷患者の救命だけでなく、機能予後も改善する可能性を秘めた非常に強力なユニットとなっています。

ー立ち上げはどのようなメンバーで行ったのでしょうか?
 2016年の1月にAcute Care Surgery講座が新設され、その初代教授として渡部医師が赴任し、同年4月に私と下条医師が高度外傷センター設置に伴い赴任しました。いずれも当院の消化器・総合外科の出身という共通点があり、私と渡部教授は大阪の3次救命救急センター、下条医師は久留米の3次救命救急センターを経て、当院の高度外傷センター立ち上げのため参集しました。3人とも島根大学が母校ということもあり、島根県の外傷診療を自分たちの手で変えて、一人でも多くの患者を救いたいという気持ちは最初から強く抱いていました。
 島根県には三次医療機関が4施設ありますが、そのうち3施設が県東部にあり、医師数も県東部に偏在しています。特に大学のある出雲市には三次医療機関が2施設あり、まさに島根県の医療の要になっています。一方で県西部は三次医療機関が1施設しかなく、医師数も少なく、医師の高齢化も進んでいます。また、救急医以外の医師が全科当直をしている施設がほとんどです。したがって、重症外傷患者が発生した場合は治療を県西部で完結することが極めて困難な状況と言わざるを得ません。さらに、島根県は東西に長い地形であるため、県西部から県東部の三次医療機関へ迅速に患者を搬送するためにはドクターヘリを利用するしかありませんが、ドクターヘリは夜間搬送には利用することができないため、夜間は100km以上の距離を救急車で陸送するしかない状況でした。これではせっかく高度外傷センターができても、その恩恵に預かることができるのは県東部の患者だけで、県西部の患者を迅速に大学に搬送できるシステムができなければ、島根県の外傷患者の救命率向上は望めないと思っていました。

ー地理的要因で県の西側への救急医療のリーチが難しいという中で、ハイブリッドERを立ち上げることで、搬送されてから初期診断〜治療までの迅速さでカバーしていくということでしょうか?
 当センターに搬送されてすぐにCT検査を施行することができ、場所を移動することなく手術や血管治療を行うことができるという点においては、ハイブリッドERは搬送でかかる時間のロスを搬送されてからの迅速性でカバーしていると言えるかもしれません。しかしながら、ハイブリッドERであっても、100km以上の距離を陸送するのに要する時間(90分以上)を帳消しにするほどの効果は見込めません。外傷診療にはゴールデン・アワーという概念があり、出血性ショックの患者は受傷から30分以内に止血処置をしなければ50%の患者が死亡し、1時間経過すると100%死亡すると言われています(カーラーの救命曲線)。このことからも、90分以上の搬送時間が重症外傷患者の救命において、いかに絶望的な時間であるかが理解してもらえると思います。院内で搬送を待っていては重症外傷患者を救命することは難しく、外傷外科医が1分でも早く患者に接触して一時的止血を行い、その後センターに搬送してハイブリッドERでの蘇生的治療につなげていくことこそが重症外傷患者を救命するためには極めて重要と考えています。
 したがって、ハイブリッドERを安定稼働させて院内体制を整備することと、島根県の患者搬送システムを改善することは、外傷患者の救命にとってはどちらも欠けてはいけない両輪と考えていましたので、立ち上げ当初から両方を同時に取り組まなければならない問題と理解していました。

 現在の搬送システムは外傷ドクターカーと防災ヘリの両方を使用しています。外傷ドクターカーでは外傷外科医を事故現場にデリバリーして少しでも早く患者に治療介入ができるようにしています。また、防災ヘリによる24時間体制での転院搬送システム(外傷外科医同乗)も構築しており、これにより県西部から搬送時間が30-40分に短縮できるようなりました。また、悪天候等により夜間防災ヘリが運行不可の場合は、搬送元病院からの救急車と当院からのドクターカーを同時に走らせて途中でドッキングすることで、外傷外科医が患者に接触するまでの時間を可能な限り短縮して、少しでも早く止血して救命できるようにしています。

1 2