寄稿:後藤 匡啓(MD, MPH, PhD)

福井大学医学部卒業後、同附属病院救急部にて研修。Emergency Medicine Alliance・Japanese Emergency Medicine Networkのコアメンバーとして活動し、JEMNet論文マニュアルを執筆。救急専門医取得後、ハーバード大学公衆衛生大学院修士課程に進学すると同時にマサチューセッツ総合病院救急部にて臨床研究に従事。帰国後は東京大学大学院臨床疫学経済学講座にて研究活動を行い、現在同講座及びTXP Medical社のChief Scientific Officerとしてデータ解析や臨床研究の指導を行っている。

臨床研究のメンター

臨床研究のメンターは重要です。初学者が臨床研究を行う上で最も大切な部分と言っても過言ではないでしょう。優れたメンターとそのチームは自由に使える質の高いデータを持ち、かつ指導能力に優れているので臨床研究をpublishするまで面倒を見てくれます。

JEMNet論文マニュアルでも書きましたが、筆頭原著論文数が5本というのはメンターの一つの目安ではあると思います。でもこれはあくまで「論文を執筆した経験がある」というレベルですし、臨床研究は基本的に自分の守備範囲の研究しか指導できないんですよね。例えば敗血症の治療に関してプロペンシティスコアマッチングを使った研究をした人がメンターだったとして、「先生、僕救急外来で機械学習を使った診断モデルの研究がしたいです」と言われると戸惑うわけです。臨床でいうと、自分が治療した経験のない重症疾患の管理をどうしたら良いのかわからない、というのと似てるでしょうか(?)。こういう時に応用がきくかどうかは「体系的なトレーニングを受けているか、自己研鑽を積んでいるか、相談できるチーム・仲間がいるか」という要素が関わってくると思います。

研究室での実践なくMPH/MS(特に一年コース)を出ただけでは臨床研究の指導という面ではほとんど役に立たないと僕は思うのですが、実践があってかつMPH等を出ている人は基礎を学んでいるだけあって応用がききやすいです。一子相伝的に大学の先輩や他施設のメンターから指導を受けて論文を書いた場合、論文を数本書いていても体系的に学んでいないため土台がなく、中々応用がききにくいかもしれません(逆に自学自習でとてつもないレベルまで行く人がいるのも事実ですが…)。

また、今ではJMP、STATAなどの市販の統計ソフトやR、Pythonなどのパッケージが優れているが故に、とりあえずデータを入れたら結果が出てくるのでなんとなく論文を書こうと思えば書けてしまいます。具体的に解析をどう行ったのか?までは査読者は知りようがありませんから、それほどレベルの高い雑誌でなければそれで通ることもあります。そうなると、本当にその研究手法が正しかったのかどうかを十分に検討することなく、あるいは十分な指導を受けることなくそのまま進んでしまいます。これは雑誌の査読をしている中でも思うのですが、意外とあるあるなんじゃないかなと。

臨床研究メンターに求められる能力

個人的な意見ですが、臨床研究メンターのレベルとして求められる能力・実績は

  • その分野の臨床経験がある
  • 基本的な疫学統計学の知識がある
  • 指導を受ける側がやりたい研究の目的に応じた研究手法で論文を書いたことがある
    (あるいはそういう研究ができる人とコラボレーションできる)
  • 筆頭原著論文(レター・症例報告除く)が5本以上

でしょうか。臨床でいうなら「夜間当直を乗り切れる」ぐらいのレベルだと思います。僕はよく原著論文一本=臨床研修一年と例えていますが、5本筆頭論文があれば卒後5年目ぐらいの実力だから当直はなんとかできる感じですね。でも部署を任せるのは無理があるでしょう。もちろん個人差は大いにありますが、多分実感としてはそんなに外れてないと思います(基礎研究は全く別です、念のため)。

自分で執筆した本数が少ない人が指導するときの問題点として、研究の質の担保ができないため「本当にこれでいいのか?」という判断ができないという点があります。深夜の救急外来に重症の患者さんがきて自分の決断で人を呼んで体外循環を回す、というのに近いかもしれません。解析や文章表現がこれでいいのか、今まではボスが最後にチェックしてくれていたけど、もう誰もしてくれず、最後のOKを自分が出さないといけないといけない時に決断できる実力がついているのかどうか。査読者からのコメントに自分が最後の壁となって対応できるのか。それから研究でもなんでも出来上がってきたものに共著としてケチをつけるのは簡単ですから、筆頭著者の苦労が分かる人の方がいいでしょう。

そうなると何の根拠もない私見ですが、メンターとして独り立ちしているかどうかというのは

  • その分野の臨床・研究背景知識が十分にある
  • 困った時に相談できる臨床研究者や疫学・統計学者がいる
  • 筆頭、共著(貢献の大きいポジション)でそれぞれ10本程度執筆している
  • 疫学統計学を体系的に学んでおり、必要に応じて応用レベルの手法で解析ができる
  • 目的を持った研究やレジストリを立案してデータ収集の段階から実行している(泥臭い現場を知っている)
  • 論文のロジックや具体的な表現に手を入れることができる
  • 優れたメンターの指導を受けてきている
  • その分野の大家とコネクションがある
  • 自分で研究費を取ってきている
  • High-IF journalに何本も出している
  • 自己研鑽を怠らない

といった条件に7~8割当てはまるかどうかかな、と考えました(もちろんこれらの条件を満たさないとメンターになれないとかそういう話ではないです)。そして一人でこれら全てを行う必要はありませんし、できません笑。大事なのはチームによる役割分担ですが、僕が知りうる限り優れたメンターはやはり相当数当てはまるように思います。それにいくらチームメンバーが優れていても、行おうとしている臨床研究全体を理解し俯瞰できるメンターがいないとまとまりません。ちなみにこれらはあくまでスキルセット的な視点なので、コミュニケーション能力とかに関しては後編で書きたいと思います。

それから「論文を書いています」と言っていてもcase reportやletter to the editorがほとんどで原著論文が無い場合、その人を原著論文のメンターにするのは避けた方が無難だと思います。これらは大事な学術貢献ですが研究論文ではないため、研究そのもののノウハウがない可能性が高く、途中で行き詰まることも考えられます。同様に、たくさん英語論文を読んでいても十分に執筆経験がない人も臨床研究のメンターには不向きだと思います。医学書をいっぱい読んでいるけど臨床経験のない人に命を預けたくはないでしょう。

メンターは何人まで指導できるのか

指導者のエフォートとキャパシティ、目的によりけりですが、50%以上を研究のエフォートに割いている人が初学者から育て上げる場合、同時に受け持てるのはせいぜい3人-5人でしょうか。これくらいなら自分の研究を行いつつ解析や論文執筆にも手を入れられます。そしてこの中で一人でもいいので後輩の基本的なところを指導してくれる人が育てば、もう少し負担が減ります。こうやって屋根瓦式に育てばいいのですが、それでも論文の細部にまで修正を入れようと思うと10人程度が限界で、それ以上は把握しきれない、あるいは直接の指導が行き渡らなくなるように思います(もっと多数の人の指導を行なっている凄い教授もいますが…)。基本的に人材は流動的なものなので、もし屋根瓦がうまくいっている施設があれば、それは本当に素晴らしいです。従っていくら有名な研究室でもその指導者から直接教わる機会がなく、しかも屋根瓦でもないとなると最悪放置される可能性すらあります。

一方、臨床研究のメンターとしては正直「できれば優秀で将来的にwin-winの関係になれる人を優先的に育てたいし、将来的に研究しない人に自分の有限な時間を割きたくない」という本音もあると思います。優秀な教え子がもし将来的に自分のチームやレジストリを持ち、コラボレーションできたら言う事なしですよね。でもそういう人は少ないですし、多くの人は臨床に戻ると論文を書かなくなります(あるいは時間的制限で書けなくなる)。一般的には自らが第一線の研究者である研究室は選抜された人を欲しがり、公衆衛生大学院など臨床研究指導がメインである施設は初学者でも受け入れてくれます。従って、もし有名な研究室で有名な先生に直接指導を受けたいのであれば自分がまずはそうなる必要が出てくるかもしれません(特に海外)。でも僕の知る限り、日本の救急領域における臨床研究に関してはそもそも人が少ないため、大抵のところがウェルカムなように思います。

後編に続きます。

(後藤匡啓)

Dr.Gotoの臨床研究コラム

  1. 臨床研究ができる施設とは?
  2. 臨床研究のメンター(前編)
  3. 臨床研究のメンター(後編)
  4. 臨床と臨床研究の兼ね合い
  5. これからの臨床研究を考える