福井大学医学部卒業後、同附属病院救急部にて研修。Emergency Medicine Alliance・福井大学医学部卒業後、同附属病院救急部にて研修。Emergency Medicine Alliance・Japanese Emergency Medicine Networkのコアメンバーとして活動し、JEMNet論文マニュアルを執筆。救急専門医取得後、ハーバード大学公衆衛生大学院修士課程に進学すると同時にマサチューセッツ総合病院救急部にて臨床研究に従事。帰国後は東京大学大学院臨床疫学経済学講座にて研究活動を行い、現在同講座及びTXP Medical社のChief Scientific Officerとしてデータ解析や臨床研究の指導を行っている。
臨床と臨床研究の兼ね合い
家族との兼ね合いや臨床のエフォートが人によって異なるので環境によりけりなこの話題ですが、臨床感覚が失われると良いクリニカルクエスチョンを生み出しにくくなり、臨床研究を行うのが段々と難しくなるので臨床現場は重要です。また臨床を離れすぎると現場感覚が無い論文になってしまいがちです(もちろん論文は一人で書くものではないので臨床医が共著に入れば良いと思いますが)。僕のメンターも「臨床を完全に離れてしまったらそれはNon-MD PhDと同じでMDの強みをあまり活かせないのでは?」と臨床の継続性を重視していました。慣れてくればフルタイムで臨床をやりながら年に数本論文を書くのは十分現実的だと思いますが、その一方で臨床研究をメインにしている医師や臨床研究の指導をしている医師がいるならその人の臨床負担の軽減と周囲の理解は重要だと考えています。
ただ論文を書くだけではなく疫学統計学の知識を体系的に学んでいて、臨床研究をしっかり指導できる人は現時点ではまだ少ないでしょう。臨床業務が少ないとパソコンに向かってカタカタしているだけなのでサボっていると思われがちですが…(まあ案外ツイッターとかしているものかもしれませんが笑)。特に初学者に研究指導をしようと思うと時間がかかり、その労力は初期研修医一年目に臨床を一から指導するのと変わりません。正直自分で書いてしまうのが一番早いですが、そうなるといつまで経っても下は研究ができないままになってしまいます。
論文を指導医に見せたら赤ペン先生のごとく修正された経験がある人もいると思いますが、例えばその赤ペン先生をするのにも非常に時間がかかります。修正された側は「うわー、たくさん手が入ってる…なるほどなるほど(変更履歴の承認ポチッ)」かもしれませんが、修正している側は著者とディスカッションしながら「この文章、ここはこういう表現がいいかな、論文全体の整合性から見るとどうだろう」「図表と本文の構成を考えるとここはどうしようか」など時間をかけています。
また指導者のみならず論文を書く側からしても時間の確保は重要で、特に「一気に書き上げてしまうこと」「書いている最中に数日以上時間を空けないこと」が肝心になってきます。論文は一気に書き上げた方が一貫性が保てますし「あれ、ここ何が書きたかったっけ?」とならなくてすみます。そして何より時間が開けば開くほどだんだんとエンジンがかかりにくくなって結果的にダラダラと延びるので、論文を仕上げるのは早ければ早いほど良く、エンジンがかかったまま次の論文に取り組むことができます。臨床研究というのは遅れても文句を言われる事はありませんからどうしても後回しにされやすく、気がつくと数ヶ月はあっと言う間に経ってしまい、いつの間にか臨床業務に追われて研究が頓挫した経験のある先生も少なくないでしょう。このことからもよくある週一日の研究日では実質研究活動に集中する事はできないと個人的には思います。
フルタイム臨床バリバリで臨床研究もする人がいるプレッシャー
SNSなどを見ているとフルタイム臨床しながら臨床研究もバリバリやってる人もいるので「どうしたらああいう風になれるのだろう」と思うかもしれません。SNSにおいてそういう人は目立ちますから、あたかもそれが当たり前のように見えてしまっている点には注意が必要です。そしてそういったバリバリ書ける人たちはモチベーションがあってかつ臨床研究がある程度一人で出来てしまう人か、周囲のサポート環境が全然違うことがほとんどです(後は子どもの有無や親の介護の有無などプライベートとの兼ね合いは大きいです)。
また指導者がフルタイム臨床&臨床研究もできてしまうタイプの場合、「自分は臨床もやって休みも取ってるし時間をうまく使っているだけだから、みんなできる」と思うのかもしれませんが、それができない人にプレッシャーを与えているのではないかというのも個人的には危惧します(指導者が有能が故にたまに発生する問題)。特に臨床研究に関してはモチベーションのある医師だけを指導するならこれほど楽な事はないのですが、「ちょっと興味ある」ぐらいの人にとってそういったプレッシャーが好ましく働くかどうかは分かりませんし、大抵の人は論文を途中まで書いて行き詰まり、言われないと1~2ヶ月色々な言い訳をしながら放置する気がします笑。モチベーションのある人は放っておいても伸びるので道を間違えない程度にケアしますが、「ちょっとやってみたいんです」くらいの人の論文をpublishまで持っていくのには結構大変です。でも裾野を増やすってこういうことかなと。
臨床研究メンターは各施設に一人いればなんとかなる
正直なところ、現場を回す必要のある臨床と異なり、時間軸が月単位である臨床研究に関してはそこまでメンターの数は必要ありません。臨床研究に詳しくて時間が割ける人が一人いれば一般的な施設・部署ではなんとかなるのではないでしょうか。もちろんトップジャーナルを目指すとかトランスレーショナルリサーチや基礎研究を行うのであれば話は別ですが、電子カルテデータやレジストリデータといった既存の画一的なデータを用いた研究なら救急部など各部門に対して一人でも回ると思います。
これから臨床研究を体系的に学んだ人たちが増えていきますから、学術的貢献も考えている施設にとっては臨床研究の指導ができる先生の確保というのは大事になってくると思います。そういった人達とのコネクションを生かし、自施設で専門医・指導医取得に必要な学会発表や論文発表を行うことができるということだけでなく、各施設が臨床・教育、そして研究も教えられるというのが施設のブランディングやレジデントを確保するときの大きな武器にもなるからです。ちなみにそう考えて自施設からMPHなどに派遣する施設の人もいるかと思いますが、残念ながら研究室などでの実践なくMPHを出ただけでは臨床医でいうところの初期研修医くらいな事がほとんどなので、臨床研究を指導してもらうという仕事を強く期待するのは避けた方がいいでしょう。またMPH(特に海外)に行った人は往々にしてそのまま違うところをふらつきがちなので、自施設から出すときにはちゃんと修了後の相談をしてからが良いと思います(経験談です笑)。あとは組織のトップや周囲が「臨床研究をやっていてもフルタイム臨床が当然。むしろ臨床研究は余暇か週1日の研究日でやるべき」と思っている間は臨床研究を指導できる人(例えば前回の話にもあった指導医級のメンター)を常駐させてその能力をフルで発揮してもらうのは中々難しいしょう。
ボランティア精神に支えられた研究指導
フルタイム臨床に加えて研究指導した分の給料が出るならいいのですが、大抵の場合臨床研究者はフルタイム臨床で労働力を提供しているだけでなく、自分が培ってきた能力と時間をボランティア精神で提供しないといけないことが多いです。ハーバードMPHの入学式で「ようこそ、唯一卒業して給料の下がるmaster programに」という笑い話がありましたが、まさにその通りになってしまいます。大学院に払ったお金と学ぶための時間を費やした結果がボランティアというのは現実的に生活していく上でのハンデにすらなります。
実際に大学院で臨床研究をやっていた人から「臨床研究したいけど、基本フルタイムの臨床しかポジションがない。でもそのような環境で研究は無理だし、収入も…」という相談をたまに受けます。多分これは結構深刻でMPHやPhDを出た人に付き纏う問題になっているんじゃないかと思います。大学院生の間は学生ですから好きな研究に専念できるので時間がありますが、大事なのはその後どういう働き方をするのかというところ。
実際に僕も研究ポジションのお誘いをいただきましたが、中には「医者じゃないので一般職と同じ給与体系になります。なので必要に応じて臨床に出ていただき、そこでお金を稼いで欲しい」と言われたことがあります(苦笑)。研究は研究費を取らない限りお金になりませんから当然ですよね。他にも勤務先で「週に2日は研究日作るから!」と言われても周りが勤務している事もあり、なし崩しになった話なども聞きます。やはり臨床を控えているという負い目はありますし、みんな忙しいのは承知ですから頼まれるとNoとは言いづらいです。
米国では研究費さえ取っていれば週に1日臨床業務、あとは学術活動というエフォートの割き方も可能であり、実際に僕のメンターもそのように勤務していました。米国ではできるけど日本では無理なのかどうか。「研究は家でもできる」という先生もいますが、完全な時間外ですし家族が大事な人にとっては当然家族との時間を優先したいでしょう。この辺が臨床研究は貴族の嗜みや自己満足と言われがちな要因なのかもしれません。
まあ正直なところ「グダグダ言ってないで救急医の基本は現場なんだし、救急なんて人がいなくて当たり前なんだからフルタイム臨床しろ、そして余った時間で研究しろ」という気持ちは分かりますし真実でしょう。あと意外と研究に専念すると急に捗らなくなる人もいるので、臨床の合間にやるくらいが丁度いいのかもしれません。とはいえアカデミアに所属する研究者が金銭面や待遇で困る事がないというのは大事な事であり、こういった問題点をどうやって解決するかも模索していきたいと思います。
(後藤匡啓)
Dr.Gotoの臨床研究コラム