福井大学医学部卒業後、同附属病院救急部にて研修。Emergency Medicine Alliance・Japanese Emergency Medicine Networkのコアメンバーとして活動し、JEMNet論文マニュアルを執筆。救急専門医取得後、ハーバード大学公衆衛生大学院修士課程に進学すると同時にマサチューセッツ総合病院救急部にて臨床研究に従事。帰国後は東京大学大学院臨床疫学経済学講座にて研究活動を行い、現在同講座及びTXP Medical社のChief Scientific Officerとしてデータ解析や臨床研究の指導を行っている。
臨床研究ができる施設とは
臨床研究をやってみたい人にとって良い指導体制があるかどうか、というのは大事なポイントだと思いますが、皆さんは臨床研修病院、あるいは後期研修・専攻医の病院をどうやって選びましたか?僕が初期研修医の頃、当時福井大学医学部附属病院救急部の教授だった寺沢秀一先生(研修医当直御法度でお馴染みでしょうか)がよく「救急医療を学ぶという視点で見たときに良い臨床研修とは」というのを話しておられました。
1. 患者数が多くて指導体制がしっかりしている病院
2. 患者数が少ないが指導体制がしっかりしている病院
3. 患者数が多いが指導体制がイマイチな病院
4. 患者数が少なく指導体制もイマイチな病院
上から順に良い環境だとおっしゃっていましたが、研究も同じだと思います。
1. (自分がやりたい研究領域の)データが十分にあって指導体制がしっかりしている施設
2. データが少ないが指導体制がしっかりしている施設
3. データが十分あるが指導体制がイマイチな施設
4. データが少なく指導体制もイマイチな施設
とりわけ臨床研究は一人で本を読みながらなんとかするようなものではないので、指導体制がない施設に行っても臨床研究を行うのは困難です。ところが臨床を指導してくれる医者はいる一方で、臨床研究を指導してくれるメンターがいる施設は非常に限られています(そして臨床研究において実績・実力のあるメンターの存在は極めて大きい)。これは医者の仕事の基本が臨床である以上、卒後10年目にもなれば臨床経験はある一定値に達しているのに対して、後回しにされがちな臨床研究をやろうという人は限られており、さらにその中で臨床研究の基礎を学んでいて指導までできる人というのが少ないからです。現実的には規模の大きい大学病院や臨床研究センターなどを有する市中病院、それから公衆衛生大学院などが選択肢に挙がるでしょうか。もちろん中には病院規模によらず臨床研究に詳しい先生がいる施設もあると思います。
あまり研究をしたことのない先生が研究を行う上で大事なのは「研究に使えるデータがあるかどうか」「研究領域の臨床知識と研究経験があって、かつメンターとなってくれる人がいるかどうか」です。臨床研究においては分かっていることと分かっていないことの差であるknowledge gapを明確にする必要がありますが、その分野の知識がないとあやふやなまま研究が進む可能性がありますし、clinical significanceが伝わりません。臨床研究センターで指導を受けたり公衆衛生大学院で学ぶ場合、データがあっても必ずしも自分の研究領域の専門家がいるとは限りませんし、お互いの知識不足による話のずれは起こります。特に統計家とのすり合わせがうまくいかなかったり実際にお互いの専門領域が異なったためうまくいかなかったという話は時々耳にします。これは特に初学者の先生がいきなり相談するとよく起きる問題で、統計家や臨床研究者に対して「なぜこの研究が重要か」「デザイン・解析の問題点は何か?」が伝えられれず、逆に専門家に質問されてもよく理解できないなどの齟齬が生じるからだと思われます(統計家や臨床研究者は「解析して結果を出してくれる人」ではありません…)。
今はインターネットの発展により各地で臨床研究の勉強会が開かれ、臨床家と疫学・統計学の専門家を繋ぐハブとなるところも増えました。すなわち臨床の疑問を解決可能な形に落とし込み、そこから必要なデータや研究手法を検討して専門家とつなぐ人たちです。臨床研究指導の集約化やオンライン化に関してはまた改めて述べたいと思いますが、例えば東京大学SPHが定期的に行っている救急集中治療クリニカルクエスチョン検討会に参加するのは一つの方法だと思います(良いアイデアがあればそのままDPCデータなどを使って論文にすることもできますし、論文がトップジャーナルからも出版されています)。他にもシステマティックレビューを行いたいのであればSystematic Review Work Shop-Peer Support Groupがあります。
研究ができる施設になるまで
寺沢先生が福井大学病院救急部の初代教授を退官される時に「まずは人を集め、臨床を行い、教育し、そしてようやく研究ができるようになる。僕は10年かけて人を集め、臨床を行い、教育まで行なってきました。この先は次の世代に託したいと思います」とお話しされ林寛之先生が後任になりました。これは僕もすごく印象に残っていてその通りだと思います。
つまり部署単位で見ると研究というのは臨床と教育を回せる人材が充実してはじめてその上に積み重ねられるものであり、そもそも臨床医が不足しがちな救急の現場では研究に回せる人材なんていうのはまずおらず、臨床研究を行いたくても臨床との兼ね合いの中で時間を割いて行うのが現実だからです(それが良いかどうかはまた別の話)。今の救急現場において臨床・教育・運営をやりつつ、さらに臨床研究まで行っている人というのは非常にアクティブな人でしょうし、誰もが真似できることではありません。
自分の施設の誰かが論文を書くというのであれば遠隔指導でも良いのですが、自部署に臨床研究を指導できるレベルの人がいると臨床研究の捗り方は全然違いますし、学会発表の抄録などにもその施設の研究指導レベルが反映されてきます。ただ救急医のなり手が限られている現状、多くの場合は1~2名の研究ができる人によって各施設の研究が支えられていることの方が多いと思います。
臨床も一線級でかつ教育、研究も継続的に行っている施設というのは一握りだと思いますが、研究できる施設の多くは救急医学会や集中治療学会の多施設レジストリなどに意欲的に参加してデータを収集し、その仲間たちとコツコツ論文を執筆してきた人がいる施設です。臨床と違って目に見えにくいので評価されにくいかもしれませんが、臨床研究の土台がある施設に関してはそういった一握りの人の継続的な努力の上に成り立っていると言っても過言ではありません。
もちろん理想的には自施設あるいは多施設でチームを組んで役割分担が良いのですが、その中でチームを引っ張る指導的なリーダーがいないと右往左往したり、途中でなんとなく流れるのもよく目にします(僕もあります)。臨床研究を開始するには一人のメンターについて行うのが最初は良いでしょう。この辺に関してはまた今度書きます。
臨床研究とデータ
臨床研究においてすぐに使えるデータのあるなしは重要ですが、「すぐに研究に使える研究データ」がある施設はそう多くないと思います。本来目的を持って臨床研究のデータを集めるのは大事なのですが、初学者の先生がいきなりデータを集めようとしても大抵は不備が出てしまいますし、とにかく時間がかかってしまいます。これは僕自身の恥ずかしい経験ですが、後期研修医の時に自施設で200例ほど自分で症例を集めて臨床研究ができる先輩に相談に行ったところ「これ必要なデータが欠けてるよ」と言われまたカルテを見直したりした結果、出版まで数年かかった論文があります。実際にデータを集めるとわかるのですが、カルテなどからデータを集めるのは100例でも苦痛であり、初学者は解析して論文を書くところまでたどりつかない可能性の方が高いと思います。
そこで臨床研究ができる施設では、まず研究したい人に臨床的疑問をいくつか考えてもらい、その中で施設の手持ちのデータにfitする研究を行う、あるいは研究データありきでそのデータを用いることが前提で臨床的疑問を解決する事が多いように思います。すなわち「臨床的疑問 → データを集める」ではなく「データありき」の環境です。この方法のメリットはメンターがいてテーマが決まればすぐに論文が書けること。データ集めに1年、そこから執筆だとアクセプトまで何年かかるかわかりませんが、この場合は早ければ半年程度で結果が出るでしょう。人は現金な生き物なので結果が出ない事を中々我慢して行えないですし、最初の論文がうまくいってすっとアクセプトされればそこからモチベーションがまた上がります。また、同じデータベースを使うのでデータの利点欠点の把握やデータプロセッシングが容易になり、執筆速度が加速します。ただこの方針にはデメリットもあり、その最たるものが「本当に自分がやりたい研究ができるとは限らない」点です。もちろんやりたい研究とデータが一致していたら言う事はありません。
この研究テーマとデータの不一致は大きな問題なのですが、データベース研究が盛んになってきた現在、やや軽んじられる傾向にあるような気がしています。また、「このデータベースの特徴は**だからこういう研究ができる」という発想になりがちです。そうなるとデータがあるから論文を書く、論文を書くためにデータを探すという方向性を向いてしまい、最終的に迷子になる事もあります。こういった点を解決するには基本的には自分でデータセットあるいはデータを生み出す仕組みを作る必要が出てくるのですが、この点に関しては研究者としてのあり方にも関わってくるのでまた改めて述べたいと思います。
(後藤匡啓)
Dr.Gotoの臨床研究コラム