少なくとも年間約30万人の入院患者がいるとみられている心不全。治療法はまだ固定しておらず、新たな治療法が次々に開発され、ダイナミックに変化しています。当社がEDC開発という形でサポートさせていただいております、急性心不全に対するSGLT2阻害薬の効果を検証する多施設前向きRCT”EMPA-AHF研究”を中心に研究代表者の順天堂大学大学院循環器内科学講座の末永祐哉准教授にインタビューをさせていただきました。研究の背景から、研究者としての醍醐味まで幅広い記事になっています。

Interview:末永 祐哉

2005年鹿児島大学卒業。同年より、出身地の千葉県にある亀田総合病院で初期研修、循環器内科の後期研修を受ける。2010年、同院循環器内科医員、2014年、同科医長。同年、オランダのフローニンゲン大学循環器内科のリサーチフェロー。2018年に帰国後、順天堂大学大学院心血管睡眠呼吸医学講座准教授、2020年、同大学院循環器内科准教授。循環器専門医、医学博士。

心不全が一つの専門領域になりつつある

-専門は循環器内科学のうち、どのような分野ですか?
実際には循環器内科の患者さん全般の診療にあたっていますが、とくに専門としているのは慢性・急性心不全です。また、心不全患者さんの場合、さまざまな種類の心筋症が基礎にあることが多いため、心筋症についても詳しく勉強しています。

-循環器内科の中で、「心不全」が一つの専門領域になっているのですね。
 比較的新しい傾向です。かつては循環器内科内の専門と言えば、心筋梗塞などの虚血性疾患か、不整脈などに対するカテーテル治療が主流でした。しかし、高齢化に伴って心不全の患者さんが右肩上がりに増えていることに加え、慢性心不全の治療薬の開発が急速に進んでいて、循環器内科医ですら最新情報をきちんとフォローするのが難しくなってきていることもあり、心不全が一つの専門領域になりつつあると考えています。

-心不全は一つの専門領域になりつつあると同時に、身近な疾患でもありますね
 そうです。国内の総合病院で、心不全の患者さんが1人もいない病院は無い、と言っても過言ではない状態です。

-心不全の治療は、どの程度、確立しているのですか。
 ご存知の方も多いでしょうが、治療の前提となる心不全の患者さんの予後についてまず簡単に説明させて下さい。

最初の心不全が起き、急性心不全に陥ります。その段階で亡くなられる患者さんもいますが、いったんは回復する患者さんも少なからずいます。ただし、多くは、最初の心不全の治療が長引いたり、一度は回復しても再発したりして、慢性心不全になります。再発を繰り返すうちに症状が悪化し、やがて死を迎える、というのが一般的な経過です。実際には、急性心不全と慢性心不全は連続的な病態なので、明確に線引きするのは難しいです。

 治療法は、慢性・急性心不全ともに「ザ・標準治療」という治療が存在し固定化している状況とは程遠いのが現状です。逆に言えば、実にダイナミックに新たな治療法が開発され臨床試験が行われています。

具体的には、慢性心不全については、次々と新しい薬が登場しています。一方、急性心不全については、数年前までは、利尿剤の点滴、という昔ながらの治療法しかなく、治療法が固定化しているというか、閉塞状況に陥っていました。それが今ようやく、新しい道が拓けるかもしれない、という状況になりつつあります。

世界で初めての臨床研究

-研究代表者を務めている、多施設臨床試験「EMPA-AHF trial」が、新しい道が拓けるかどうかを科学的に確認するための試験ですね。概要を教えて下さい。
 EMPA-AHFはEarly treatment with a sodium-glucose co-transporter 2 inhibitor in high-risk patients with acute heart failureの略です。重症化リスクの高い急性心不全患者さんに対する、SGLT2阻害薬の早期投与の安全性と有効性を確認するための、世界で初めての臨床研究です。

 患者さんも医療従事者も、実薬と偽薬(プラセボ)のどちらを飲んでいるのかわからず、しかも、実薬か偽薬かの振り分けを無作為に行う、二重盲検ランダム化比較試験として実施しています。

2022年9月に始まり、国内の約50施設で行われています。合計500人の患者さんに参加してもらう計画です。2023年中には臨床研究を終え、その後、結果を解析し、論文にまとめる予定です。


-SGLT2阻害薬はもともとは糖尿病の治療薬です。何がきっかけで、心不全の治療薬としても使われるようになったのですか?
 SGLT2阻害薬は、尿細管にあって糖の再吸収をしているSGLT2受容体の働きを阻害し、糖が再吸収されないように設計された、糖尿病治療薬です。製薬企業が米国などで実施した治験で、SGLT2阻害薬を飲んだ2型糖尿病患者さんは飲んでいない患者さんに比べて、HbA1cの値が有意に低くなるだけでなく、心不全で入院するリスクが有意に低がるとわかりました。

 これはとても衝撃的な発見でした。2型糖尿病の治療薬は多数、開発されていたのですが、心血管イベントのリスクを明らかに下げることが証明された薬はそれまでに無かったからです。

 そこから、ひょっとするとSGLT2阻害薬は心不全の治療に有効なのではないか、と言われ始め、複数の臨床研究が動き始めました。当初のSGLT2阻害薬の治験は、2型糖尿病患者だけを対象にしていたからです。

 2015年以降に公表された複数の大規模な臨床試験の結果により、糖尿病治療薬として開発されたSGLT2阻害薬を糖尿病患者さん以外に投与しても安全で、しかも慢性心不全による総死亡率を下げる効果があることがわかりました。

-心不全治療におけるこれまでのSGLT2阻害薬の臨床試験と、EMPA-AHF trialの違いを教えて下さい。
 これまでの臨床試験は、従来型の急性期の治療が終わり、症状が安定した患者さんだけにSGLT2阻害薬を投与していました。

これまでの臨床研究結果に基づき、SGLT2阻害薬は慢性心不全治療としても適用拡大され、臨床現場で多数、投与されてきています。その結果、慢性心不全治療におけるSGLT2阻害薬の安全性が高いことや、投与してから、心血管イベントのリスクを下げる効果が出始めるまでの期間がかなり短いことがわかってきました。

 そんな実態を目の当たりにして、多くの環器科医が抱いた疑問は「それなら、症状が安定するのを待たずに、もっと早くSGLT2阻害薬を投与したらどうなるだろう?」というものです。この点について調べた臨床研究はまだないので、私たちが取り組むことにしました。EMPA-AHF trialでは、入院から12時間以内の、超急性期の急性心不全患者さんにSGLT2阻害薬を投与します。

-超急性期の急性心不全患者に対するSGLT2阻害薬の臨床試験は世界で初めてということですが、これまで実施されなかったのは何故ですか?
 一つの理由は、入院後12時間以内という超急性期に臨床試験を始めるのがかなり難しいからです。急性心不全患者さんは、心不全による入院が初めての患者さんばかりで、本人も家族も動転していますし、慣れていません。そんな中で、臨床試験について明確かつ正確に説明し、十分に理解して頂いた上で参加に同意してもらわなければなりません。同意してもらえたら、今度は患者さんが参加基準を満たしているかどうかを検査し、実薬と偽薬の振り分けも行う必要があります。

-それ以外にEMPA-AHF trialの計画や実施で苦労したのはどのような点ですか?
 実際に始まってみたら取り越し苦労だったと判明したのですが、計画段階では、自分が実薬と偽薬のどちらを飲むのかわからない二重盲検試験に、どれぐらいの患者さんやご家族が同意してくれるのかまったく予想できず、ひょっとすると参加者を集めるのが難しいのではないかと心配しました。  

 しかし実際には、どこの施設でも、ほとんどの患者さんが参加に同意して下さっています。使っているSGLT2阻害薬が慢性心不全の治療薬としてすでに国内で認められており、しかも、臨床試験期間、90日間が終われば、どの参加者も希望すればSGLT2阻害薬が飲めるという計画なので、拒絶反応が少ないのかもしれません。

-SGLT2阻害薬には多くの種類がありますが、慢性心不全で有効とされているのはどのSGLT2阻害薬ですか?
 日本で慢性心不全患者さんへの投与が承認されているのはエンパグリフロジンとダパグリフロジンです。EMPA-AHF trialではエンパグリフロジンを使います。実薬と偽薬の提供を始め、製造している製薬企業ベーリンガーインゲルハイム社からは研究費を含めた支援を受けています。

EDCシステムについて

-入院から12時間以内に投与を始める臨床試験の実施にあたり、ランダム化などで一助となっているのが、TXP Mecidal社に委託したEDC(Electronic Data Capture)システムだそうですね。
 臨床研究のEDCシステムとしてよく使われているものの一つは、米ヴァンダービルト大学が開発した「REDCap」です。これはWeb上で公開されていて、ユーザーが用途に合わせて自分用のシステムを構築できます。ただ、私たちがEMPA-AHF trialを検討し始めた2年以上前の時点では、REDCap ではEDCとランダム化が別々のシステムになっていて、一つのプログラムで実施できませんでした。

 EMPA-AHF trialは時間との勝負なので、REDCapのその点は大きなデメリットになります。そこでアウトソーシング、外注することにしました。米国で臨床研究にも従事していたことのある後藤匡啓先生がCSO(Chief Scientific Officer)を務めるベンチャー企業、TXP Mecidal社なら、一緒に挑戦的な仕事ができるのではないかと考え、委託しました。

 実際、やってみて、我々からのさまざまな提案や変更のお願いなどに対し、これまで一度も「やれません」と返ってきたことはありません。また、同社には、後藤先生以外にも臨床研究の経験がある医師が複数、関与していて、私たち医師の言葉を共通言語として説明抜きで理解してくれる、という点もありがたいです。

臨床研究を始めるきっかけ

-臨床医になってかなり早期に臨床研究を始めました。なぜですか?
 亀田総合病院における初期研修の影響が大きいと思います。亀田総合病院の研修では、研修医が行った治療や検査について、それを行う根拠は何なのかについて、かなり詳しく質問される、という伝統があります。とくに私が研修医1年目の時の指導医だった、岩田健太郎・神戸大学大学院医学研究科教授(微生物感染症学講座感染治療学分野)は徹底していました。私と1年上の研修医は朝6時から、岩田先生に治療や検査の根拠について、根ほり葉ほり追及されました。 そのため私たち研修医は前の夜は朝に備え、根拠となる治療ガイドラインや論文などを、英文のものを中心に必死で探しました。そんなことを繰り返すうちに、ガイドラインなどを使う側にとどまるのではなく、自分でもガイドラインなどに参照してもられるエビデンスを作る側になりたい、と考えるようになりました。それが、臨床研究を始めるきっかけです。

-その後、留学先を選ぶ際も、臨床研究ができるところを探したそうですね。
 はい。留学先のオランダのフローニンゲン大学の教授は、世界的によく知られた心不全の大家で、心不全の臨床研究の第一人者でもありました。同大学にはそれなりの規模の心不全患者さんのデータベースがありましたが、さらに、教授の助力により、オランダ以外の国の研究機関のデータベースも利用させてもらうことができました。4年間弱の留学期間中は、主にそういったデータベースに登録されたさまざまなデータを統計解析するなどして、論文を書きました。

2016 European Society of Cardiology(ESC) in Rome。前から2列目、左から2人目が末永准教授
2016 European Society of Cardiology( ESC) in Rome。前から2列目、左から2人目が末永准教授

-若き研修医時代になりたいと思った、ガイドラインに参照されるエビデンスを作る側になれたのではないでしょうか。
 ありがとうございます。でも、まだまだこれからです。
国内外のガイドラインに参照されたのは、40歳以下の心不全に関心のある循環内科医のグループ「U40心不全研究ネットワーク」に加わって実施した多施設臨床研究の論文です。観察研究で、エビデンスの程度はそれほど高くありませんが、医師が「早く始めた方がいいよな」と漠然と思っていた利尿剤の治療について、少なくとも開始するまでの時間と死亡率には相関関係がある、と初めて具体的に示すことができました。

 その後、別のテーマでもっとエビデンスレベルの高いランダム化比較試験、そして今回はさらにエビデンスレベルの高い二重盲検ランダム化比較試験を実施することができました。若い時にこういうことがしたい、と願ったことが実行できているのは、嬉しい限りです。 ただし、心不全治療については、まだ解明するべき課題が山のように残っています。臨床医の立場としては困ったことですが、臨床研究をする立場としては、解明すべき課題がたくさんある状態には、やりがいを感じます。これからも、積極的に臨床研究を実施し、山積する課題にどんどん取り組んでいきたいと思います。

-臨床研究をしてみたいという医師にメッセージはありますか。
 2018年に施行された臨床研究法により、法の対象となるような種類の臨床研究は、定められた規定を守らないで実施すると、法律違反が問われるようになりました(法の対象となる臨床研究については下記参照)。法律違反にはならなくても、EDCの構築法を始め、最初から知っていれば、苦労しなくていいノウハウもたくさんあります。ですので、臨床研究に興味のある方は、始める前に、一度、基本的な規則やノウハウを習った方がいいと思います。  

 基本的な規則やノウハウを習うには、自分の専門分野でこれから実施される多施設臨床研究に参加して、他の参加者から教わるのが早く学べていいと思います。あるいは、多くの臨床研究をしているような大学の医局や研究所の臨床研究センターなどに行くのも一つの方法だと思います。

引用:厚生労働省「臨床研究法の概要」https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000647734.pdf

ー貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。

参考

U40 心不全研究ネットワーク

順天堂大学循環器内科

順天堂大学循環器内科 心不全・心筋症グループ

▽EMPA-AHF

https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT05392764

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0002870322003258

末永祐哉准教授に関する情報

▽主な研究論文

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1071916416000671?via%3Dihub

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0735109717371863?via%3Dihub

https://academic.oup.com/eurheartj/article-lookup/doi/10.1093/eurheartj/ehac323