広島県福山市の脳神経センター大田記念病院では救急と診療現場の作業効率化を目指し、TXP Medicalの「NEXT Stage ER」を活用する実証実験を2020年12月から実施しています。同院脳卒中センターでセンター長を務める寺澤由佳先生は、システム導入に向けて現場で指揮を取られ、5月に開催された第35回日本神経救急学会学術集会で中間報告を発表されています。システム導入はどのような経緯でスタートし、現場ではどのような期待やクリアすべき課題があったのかについて、寺澤先生に詳しい話をお伺いしました。
脳神経センター大田記念病院 脳神経内科副部長・脳卒中センター長。徳島大学卒業後、脳卒中に関する臨床研究に取り組み、川崎医科大学、徳島大学病院 神経内科、東京慈恵会医科大学 脳神経内科を経て現職。日本神経学会神経内科専門医、日本脳卒中学会専門医、日本内科学会総合内科専門医。
システムを活用して現場を便利にしたい
-はじめに先生の仕事内容を教えてください。
私は2018年から広島県福山市にある脳神経センター大田記念病院に勤務しており、2020年8月から脳卒中センター長を務めています。当院は、脳血管・脳神経疾患を中心に、全身の血管病に専門的に取り組むとともに、地域を支える救急医療、在宅サービス、難病支援などを展開しています。1次脳卒中センターのコア施設として、年間で脳卒中を含め約3,200台の救急車を受け入れており、213床ある病床のうち、SCU(Stroke Care Unit:脳卒中集中治療室)は21床,回復期は50床あり、急性期脳卒中入院患者は年間1,300例ほどあります。私の仕事は臨床がメインで、1週間のうち2日間は午前中に外来を担当し、それ以外は救急車の受け入れや病棟での診療、検査を担当しています。

ー実証実験を始められた経緯などについて教えてください。
当院では福山地区の消防局と連携し、救急搬送システムの効率化と電子化を進めることを目的に、TXP Medical(以下、TXP)の「NEXT Stage ER」を活用する実証実験を2020年12月から1年かけて行っています。当院の大田泰正理事長がTXPの園生智弘先生の活動に興味を持たれたのがきっかけで、システム部門とTXPで話が進められました。現場に運用がアナウンスされたのは2020年の10月頃で、旗は振られたものの何をすればいいかわからない状態でした。実際に運用するには様々な工夫が必要だと感じ、導入を手伝うために手を挙げました。
ーなぜ導入を手伝おうと思われたのでしょうか?
当院に来る前に所属していた徳島大学病院や東京慈恵会医科大学では、「join」という医療関係者間コミュニケーションアプリや、院内外の情報共有にiPhoneを活用しており、デジタルツールを使う便利さを実感していました。それが今の現場ではアナログに戻ってしまったので、システムが導入されるのはありがたいお話でしたし、現場を便利にしたいという思いがありました。また、デジタル技術を使う最先端のツールは、大学や大きな病院でなければ導入しにくいと思われがちですが、当院のような地域民間病院で活用できる事例ができれば、多くの病院に関心を持ってもらえるかもしれないという期待もありました。
—具体的にどのように現場が便利になると思われますか?
今回の実証実験では「NEXT Stage ER」の導入により、救急隊の入力効率化、搬送先選定時間の短縮、救急隊から病院への引き継ぎの効率化を図ることを目指しています。当院での第1の目標は救急隊からの情報を当院の電子カルテへ反映させることでした。救急がタブレットに音声入力したデータを当院へ送信し、ノートパソコンで確認して受け入れを決定すると、受け入れ後に電子カルテへ変換して記載することができる仕組みとなります。その結果、救急側は搬送時間を短縮し、当院側は看護師の入力作業の軽減が期待されます。


「NEXT Stage ER」導入から約3ヶ月後に実施した現場スタッフのアンケートでは、救急隊入力率やシステムを使用する方法や環境に問題があり、満足度が低い結果でした。その結果を元に当院の現場で最も効果を実感しやすい脳卒中超急性期診療の時間短縮へ役立てることを考えました。TXPと相談し、病院前スケールをアプリに入れることや、スタッフが使用できるiPhoneやタブレットを準備すること、救急隊からの情報を全体で共有するツールの検討をお願いしました。まず、病院前スケールとしてELVOスクリーン(*1)を選定し、アプリ内でチェックをワンクリックで記入して送信できるようにしました。さらに、受け入れが決まったことを院内の関係者に救急室のタブレットから送信できる多職種情報共有の仕組みづくりにはLINE Worksを活用しました。


*1:ELVOスクリーンELVO screen(emergent large vessel occlusion screen)
主幹動脈閉塞の予測に救急隊員が用いることができる病院前スケールとして、日本医科大学神経内科の鈴木健太郎先生と木村和美先生らが論文を発表している。
https://www.ahajournals.org/doi/full/10.1161/STROKEAHA.118.022107
デジタルが苦手な方がわかりやすく説明できる
ーシステムの導入では工夫されたことはありましたか?
最初にシステムの導入がアナウンスされた時、私は楽しそうだと思ってわくわくしていましたが、40代後半から50代のスタッフの反応は「え、何それ?」という感じで、導入するとかえって仕事が増えるのではないかとの懸念もありました。トップダウンでやってくださいということもできますが、現場が仕方なくやるという意識のままで導入を進めても意味がありません。
そこで、今がんばってシステムを導入すれば将来的に仕事が楽になるかもしれない。まずは使ってみてそこで問題があれば改善してもらえるので、自分たちの使い方にあわせてどんどんシステムが便利になり、作業時間が短くなる可能性がある、というように具体的な導入の理由や動機づけになるようなビジョンをきちんとかみ砕いて説明しました。その上で最初のエンドポイントとして「とにかく3ヶ月間がんばってほしい」とお願いしました。何か新しいことを始める時は、近い将来の目標と遠い将来の両方で、自分たちにどう役立つかを知ってもらうことが大事です。さらに医療系の場合は、短いスパンでの指示と人の役に立つかもしれないという具体的な目標があると取り組んでもらいやすいかもしれません。
ー先生はスマホやデジタルツールは得意なのですか?
いえ、むしろまったく苦手です。以前の職場で使われていたデジタルツールも最初は誰かが使うのをながめているだけでしたが、それでも便利そうだとわかって興味を持つようになりました。例えばJoinは、直接の相談がしにくいことも少なくない大きな病院の脳外科や脳神経内科へも、アプリから一度に多くの先生に質問することで、いろいろな意見がもらえるのが大変有用だと思いました。専門医が中心になって診療している病院であれば必要性は感じないかもしれませんが、大学病院で若手医師が日直や当直を一人で担当していて、自分がやっていることが正しいかわからない時に確認できる安心感も得られます。
今回の導入でも、私自身あまりデジタルは得意ではなく、使えない、使いたくない人たちの気持ちがよくわかるので、自分が便利だと思うことをそのまま平易な言い方で伝えることで、みなさんが協力してくれたのだと思います。リーダー役を誰にするかもポイントで、導入に最も抵抗感があった50代の看護師さんに「あなたが出来ればみんな出来るようになる」と担当をお願いしました。今では現場の方が積極的に活用していて、手探りで使い初めたLINE Worksも看護師さんから、こういう使い方をすればもっと良さそう、といった意見が多く寄せられますし、やはり現場で使って便利さを実感してもらうのが一番良いのでしょう。

現場関係者が集まって意見交換できる場を設ける
ー救急隊との連携は上手く進められたのでしょうか?
初めての経験でしたが、消防局に赴きシステムや病院前スコアについて説明させていただきました。お話した時は、積極的に使ってみたいと言ってくださったので心強く思っていたのですが、その時点ではまだ問題が見えていませんでした。こちらとしては救急を呼ばれた方がどういう疾患で、どこへ運べばいいか現場で正確な判断をしていただき、治療に結びつきやすい施設へ運んでもらいたいと考えていました。ですが消防隊の目的はできるだけ早く病院に搬送することだとわかり、そこに意識の差を感じました。
今後、データが蓄積されて、搬送先によって治療の結果やその後の経過にも影響があるとわかれば、おそらく意識も変わるのではないかと思います。そのためにも医療施設だけでなく消防隊にも役立つものになるよう、これからもコミュニケーションを続けていきたいと考えています。
ー具体的に何か対応を検討されているのでしょうか?
まずは当院を含め市内に3つある1次脳卒中センターで集まり、一緒に話し合う場を今年1月に設けました。このような場を定期的に開催することで、積極的に意見交換できる間柄になっていければと考えています。次回は来年の1月に開催する予定ですが、次回は消防の方たちにも参加いただき、プレホスピタルを含めた対応のあり方を話し合いたいと思っています。
データを使って医療現場を良くする研究を続ける
ー脳卒中を専門にする先生は増えているのでしょうか?
私は医者になってからまもなく20年目を迎えますが、医者になったばかりの頃は神経内科は難病を対象にする診療科と言われていて、脳卒中を診る内科医は少数でした。そこからパイオニアとなる先生方ががんばられて、この10年ほどで脳神経内科でも急性期の血管内治療をするようになってきました。救急診療に興味を持つ若手脳神経内科医も増えつつあると思います。
ー以前はどのような研究をされていたのでしょうか?
大学では脳卒中に関する臨床研究に取り組み、論文や学会でも発表してきました。脳卒中に関するデータベースを作る動きは、現在の脳卒中診療の基礎を作られた国立循環器病研究センター病院の脳血管内科・脳神経内科や、日本初の脳卒中医学教室である川崎医科大学の前木村教授を中心に盛んに行われており、私も門下生の一人として、自分が勤務する病院ではデータベースを作り、学会で発表することを続けたいと思っています。
自分としてはこれまでずっと、データを使って医療現場を良くする研究を続けており、脳卒中に関わることは急性期から慢性期までいろいろな施設でデータを蓄積しています。近く発表を予定している研究も、脳卒中の救急搬送というプレホスピタルから院内の体制、退院した後の脳卒中再発のリスク評価や予防のために、地域の先生方とどのように関わりながらどのように経過を見ていくかといった内容です。具体的に数字で結果が可視化できるのは大事ですし、それを知ることで現場の意識付けも変わります。今回の実証実験も手書きの時代に比べて、どのポイントでどれだけ時間短縮ができたか、データを収集しているところで、良いデータが出れば脳卒中学会などで発表させてもらいたいと思っています。

ー今後もデジタルの活用に取り組んでいかれますか?
世の中は間違いなくデジタル化が進んでいます。現場外来の問診や電子カルテのパソコン入力など、いろいろな仕事やシーンにあわせて役立つものがこれからも登場するのではないでしょうか。それらを活用できれば患者や現場の両方で役立ちますし、時代に置いていかれないためにも勉強する必要はあると思います。
救急外来に搬送される患者さんを診療するにあたり、私はジェネラリストでありたいと思っています。これから救急医を目指す皆さんにも、総合診療や都市・地域などで幅広い経験を積んで、その地域で求められる医療を提供できるジェネラリストになってほしいです。
ー貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。
参考
脳神経センター大田記念病院
https://otahp.jp/clinic/
急性期脳卒中診療の連携を考える会を開催いたしました。
www.bingo-stroke.net/news/急性期脳卒中診療の連携を考える会を開催いたし/
消防救急隊と搬送先病院とを連携するための患者情報共有アプリ導入による救急医療体制への影響の検討(PDF)
https://www.google.com/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=&cad=rja&uact=8&ved=2ahUKEwiUw_3tz_vyAhWaCIgKHdqhBl4QFnoECAIQAQ&url=https%3A%2F%2Fotahp.jp%2Fwp-content%2Fthemes%2Fotahp%2Fquality%2Flab%2Flab_219.pdf&usg=AOvVaw0LCxsbdMmuhhARVzIfpI7A