医学生の頃から小児救急の道へ進むことを決めていたという野村理先生は、複数の施設で小児救急トレーニングを受け、小児科専門医と救急専門医の両方を取得しています。また、海外で医学教育学修士を取得し、高度救命救急センターでの臨床と並行して医学教育研究に取り組まれています。なぜ小児救急に興味を持ち、医学教育研究にも力を入れるようになったのか。詳しいお話を伺いました。
2007年弘前大学医学部卒業。弘前市・健生病院での初期研修修了後、国立成育医療研究センターで後期研修、東京都立小児総合医療センター救命救急科でのサブスペシャリティレジデントおよび指導医を経て、2019年よりカナダのマギル大学に留学し、医療者教育学修士課程(教育心理学学術修士)を修了。2019年に帰国し弘前大学救急・災害医学講座および高度救命救急センターに着任(助教)。2021年より研究准教授。救急科専門医、小児科専門医・指導医、PALSインストラクター、医学博士。
成人救急のプロに認められた小児救急の必要性
-現在の仕事内容について教えてください。
私が所属する青森県の弘前大学医学部附属病院は、青森県で唯一の高度救命救急センターに指定されており、救急車やドクターヘリで搬入される患者さんを受け入れたり、他の病院では治療が難しい患者さんを診療したり、24時間体制で対応しています。そこで私は救急・災害医学講座の教員として、主に医学生4年生への講義と5〜6年生を対象にした救急医療現場の臨床実習を通年で指導しています。バックグラウンドは小児科医ですが、小児救急を目指して救急医療の経験を積んでおり、日常的に臨床医として成人も含めた診療も行っています。着任当初は臨床の割合が多かったのですが、2年近く経過したところで臨床のウエイトを20〜30%に減らし、残り時間の半々を教育と研究に当てています。いくつかの領域で研究に取り組む中で、救急医療教育を自分にとって大きな使命と位置付けています。

ーなぜ小児救急の道を目指そうと思われたのですか?
小児科、救急の領域からすると、小児救急の分野はマイナーなので、 小児救急の道を進むのにためらいがなかったわけではありませんでしたが、誰もやっていない道を切り開くのが楽しいと思う性格もあり、自分の選択はまちがっていなかったと思っています。新しいことを始めるために情報収集し、その道を極めている優れた指導者を探し、出会い、一緒に学び、働く仲間にも恵まれたことで不安は払拭され、自信になりました。現在の研究とも関係するのですが、自分が目指す領域がどういうものか知っていれば、自信を持って道を進めるのではないかと思っています。
ー小児救急医を目指してよかったと思われた経験はありますか?
成人救命センターでの外傷のトレーニング中に心肺停止のお子さんが搬入されてきた時があったのですが、成人の重症例を得意とする救急医の先生方がとまどっているように見えたので、少し前面に立って診療させていただいたことがあります。何か特別なことをした認識はなかったのですが、先生から「これまで小児救急医とは何なのかよく分からなかったけれど、『子どもの救急医』なんだというのが良くわかりました」と言われ、自分のことを知らない人から自分の仕事を認めていただいたと同時に、おそらく小児救急医全体へのリスペクトにもつながったと感じ、とてもうれしく思いました。所属病院に戻ってその話をしたところ、自分たちの施設のフェローが他流試合で認めてもらえたとみんな喜んでくれました。外に行くことで自分の実力を実感できたのは大きな成功体験になりました。
救急医のキャリア形成に必要な教育方法を研究
ー救急医に興味持つ学生は増えているのでしょうか?
最近はCOVID-19の影響で救急医がレッドゾーン入っている状況をメディアで見聞きすることが増え、急性期医療に対する関心は高まっていると思います。ただし、地域や環境によって多少の差があります。例えば、弘前大学の救急・災害医学講座は2004年からと日が浅く、学内でも若い講座なので育成してきた救急医も現時点でも非常に少ないのが現状です。そのため、私が着任してからは救急医学の卒前教育を強化し、臨床実習での指導でも救急医とはどういうものかを知ってもらうおうと様々な試みを始めたところです。
ーなぜ救急医の医療教育を研究する必要があるのでしょうか?
初期臨床研修制度が始まった2004年頃から、救急医やERに関心を持つ人は間違いなく増えましたし、間口を広げたことで若手も集まりました。けれども、救急医を目指す過程でアイデンティティを見出せない人がいるように感じてきました。医学教育分野では、プロフェッショナル・アイデンティティ・フォーメーション(Professional Identity Formation)という言葉がありますが、救急医としての専門的知識や技能を磨くだけなく、アイデンティティの形成を支援する必要があると言えます。青森県で救急医が少ない背景には、歴史的・文化的要素、組織的基盤などいろいろ要因は考えられますが、診療だけでなく研究や教育の観点から救急のスペシャリストになるにはどう若者を支援すればいいのか、何か新しいことを考えないといけないフェーズに入っていると感じています。
臨床教育で頻用される手法の一つに、最初に褒めてからフィードバックを挟んで褒めるサンドイッチ方式というのがありますが、「褒める」というより「認める」こと、つまり、自分が今どの段階にいるのかを実感させてあげるようなフィードバックが大事だと思っています。そして、次に必要なのは、やるべき課題を明示して、それに適する挑戦する場を提供し、その挑戦がどうなったか指導医がしっかり観察してフォローアップすることです。
ー具体的にどのような方法があるのでしょうか?
いきなりマニュアルを作るとかではなく、日本では救急医のアイデンティティがどういうプロセスで形成されるのか、一般化されたキャリアパスを論理的に提示してできるよう、地道な研究から始めることなどが考えられます。具体的には質的研究法を用いて、初期研修から専門研修、そしてサブスペシャリティ獲得、最後に部門長クラスまでたくさんの人たちにインタビューやアンケートを行い、それらを解析して、先輩方がどのような時期に同じような悩みを持っていたか、それをどのような方法で解決し、成功したかを知ることで、進路に迷った時の参考になるのではないかと考えています。
診療中の感情とパフォーマンスの関係性を研究
ーいろいろな研究に取り組まれる中で一番注力している研究について教えてください。
大学に着任してから注力しているのが、医師や医学生の医療者としてのパフォーマンスと感情の関係性に関する研究です。救急医療に携わる方であれば実感があると思いますが、たくさんの患者さんが押し寄せてイライラしてくると手技が上手くいかなかったり、スタッフのコミュニケーションが円滑に進まなかったりすることがあります。そうした診療中などの医療者の感情を1〜5点のスケールで測定するMedical Emotion Scaleという尺度があります。留学先で所属した研究室で開発されたものですが、私の修士論文研究は、その尺度を日本でも使えるように日本語版を開発し、妥当性を検証するというものでした。つい先日、医学教育の国際誌に論文として出版することもできました。
次のステップとして、それをもとに救急外来で気管内挿管などの手技をした時の感情と手技の自信度に関連があるかの調査を始めています。手技に不安がある時より自信があった時の方が手技の成功率が高いということがわかれば、気持ちを高めて競技に望むアスリートのように、感情をコントロールするプログラムを取り入れることで、診療の質を改善できるようになるかもしれません。
また、自己回答式の尺度に加えて、より客観的な感情データを収集するプロジェクトも並行して進めています。マギル大学で所属していた研究室では、その人がどこを見ているのか記録できるアイトラッキングシステムが使われていました。同時に瞳孔径も測れるので、不安や興奮など、交感神経系が刺激される心理状況のデータを収集できます。もう一つは皮膚電位活動を測定する装置で、通常は手に装着して肌の湿り具合などから興奮度等を測るのですが、仕事の邪魔にならないよう足に付けて、職務に従事するだけでデータ収集できるデバイスを、コンピューターサイエンスが専門の他大学の先生とコラボして開発しようとしています。
他にも、カメラの表情認識機能から感情をパラメーターとして測定するなどデータを収集する方法をいろいろ考えています。これらのデータによって手技の成功率や診療のスムーズさ、患者さんとのコミュニケーションとの関連など、様々な視点での研究が考えられます。将来的には検証する施設の数を増やして、ビッグデータ化したいと考えています。
ー研究アイデアを考える時に気をつけていることはありますか?
医学教育学の修士課程を取得するため、2年間カナダに留学したのですが、その時に研究のスーパーバイザーから「自分の考えた研究がいいなと思った時ほど自分一人の世界で突き進むのではなく、アイデアを他の誰かにChat(おしゃべり)しなさい」と言われました。私が研究で意識しているのは社会実装することです。自分の研究がどう見られるか、アイデア段階でできるだけ異なる領域の人たちとたくさん意見を交わすことでメタ認知でき、社会実装に必要な要素を広い視点から考えることができます。
ーカナダでの留学はどのような内容でしたか?
教育学部の修士大学院の医学教育のコースを受講したのですが、行ってみたら教育学理論の論文を読んでディスカッションするという授業で、ひと回りも年下の修士学生たちと一緒に、使う言葉も専門用語も違う中で勉強するのがとにかく大変でした。ですがそこでの体験は忘れ難く、他の領域の人たちと話すことの楽しさを知り、多様性を尊重し、価値観を広げて多くのことを学び、今まで自分はこれしかないと思っていた医療の世界がどれだけ狭いか思い知りました。
大学院の授業があまりに大変で、カナダの臨床がどのようなものかを学ぶ機会は十分ではありませんでしたが、帰国間近にようやく少しだけ余裕ができて、現地の救急医療の現場を見学することができました。そこで見た範囲ですが、救急搬送された人をトリアージして、レジデントが診療内容を指導医に報告し、一緒に議論しながら治療法を考えるというのは日本と同じでしたが、指導の手厚さやリスクの考え方、医療安全教育に関しては日本より優れていると思いました。一方で、重症でなければ医師の診療まで数時間から半日待たなければならないこともあり、留学中に病気にならなくてよかったと思うほどでした。そこは病院の問題ではなく、ヘルスケアシステム全体の問題なので、全体的な医療の質や患者満足度で日本とカナダの救急医療が大きく異なるとは思いませんでした。

小児救急を目指したきっかけになったPALSインストラクター
ーPALSインストラクターを取得されていますがどのような資格ですか?
PALS(パルス)インストラクターは Pediatric Advanced Life Support の略称で、小児二次救命処置法のことです。ACLSやICLSのようなものですが、成人より特殊性があります。日本ではAHA(アメリカ心臓協会:American Heart Association)がAPP(米国小児科学会:American Academy of Pediatrics)などと協力して開発した2日間のコースが広く行われています。小児救急や集中治療を専門とする人は当然受講し、インストラクターの資格を持っている人も結構いると思います。子どもの心肺停止にためらいなく対応するには繰り返し練習するしかなく、自分もインストラクターになって教える経験を何度も繰り返すことで診療技術が磨かれました。
実は小児救急への思いを熱くしたのは、6年生の時にたまたま大学でPALSのコースが開かれ見学をさせてもらったのがきっかけでした。重症の子どもへの初期対応の方法が一般化され、わずか2日間でスキルが向上するようにパッケージ化された教育方法に驚き、PALSインストラクターになるのが重要な目標になりました。当時、経験年数の少ない医師がインストラクターになるのはハードルが高いと言われたので、後期研修はインストラクターになる一番の近道だと言われた国立成育医療研究センターで行いました。
私が修練を積んだのは東京都立小児総合医療センターですが、最も歴史があるのはおそらく後期研修を受けた世田谷の国立成育医療研究センターだと思います。そこでトレーニングを受けた先生方が、厚労省が定める小児救命センターである埼玉小児医療センター、あいち小児医療センター、兵庫こども病院などで活躍されており、小児救急に特化した研修プログラムが用意されています。

ー他にも小児救急医を目指すのに役立つ資格や経験はありますか?
小児救急医になるキャリアプランは、救急専門医を取って小児救急フェローシップに進むか、小児科専門医を取って救急のフェローシップに進むか、2つ選択肢があります。小児救急の修練を積める施設は多くないので、まずは自分が望む専門医を取った後に、小児救急を学ぶコースをオフィシャルに開いている施設で学ぶのがいいでしょう。今のところ小児救急専門医という資格はまだ正式にありませんが、5年か10年後ぐらいに青写真が描けるようなシステムを仲間で作り、若い人たちにキャリアプランを示そうとしているところです。
ー最後に救急医を目指す人たちへアドバイスをお願いします。
救急医に限らず、若い先生や学生から進路相談を受けた時は、「まずは自分が好きなことに突き進むのがいい」と言っています。好きなことは自分に向いていますし、能力を発揮する素地ができているからです。また、もし迷ったらリスクが高い方を取る方がいいとも言っています。リスクを取る時に人は必ず入念な準備をするので、結果として成功する確率が高まりますし、自分もそうして幸せな生活を送ることができています。とくに救急領域では、いろいろチャレンジすることで道を切り開けるのではないかと思っています。
ー貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。
参考
弘前大学医学部附属病院 高度救命救急センター
https://www.med.hirosaki-u.ac.jp/~kyukyusaigai/index.html
弘前大学医学部附属病院
https://www.med.hirosaki-u.ac.jp/hospital/
研究者情報
https://researchmap.jp/osamu-nomura
https://www.ti-fris.tohoku.ac.jp/fellow/detail—id-100.html
最近の主な研究
https://link.springer.com/article/10.1007/s10459-021-10048-9
https://www.mdpi.com/1660-4601/18/13/7113
https://journals.lww.com/md-journal/Fulltext/2021/09170/Impact_of_air_temperature_on_occurrence_of.57.aspx
SPICC – 日本小児集中治療研究会 | PALS 小児二次救命処置法 (AHA 認定) – PALS Instructor Course
https://www.jspicc.jp/pals_instructor/index.html
小児救急診療に役立つリンク集 | EM Alliance
https://www.emalliance.org/emaforkids/useful_link/
医学書院/週刊医学界新聞 「学生が見たアジアの医学教育」
https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/old/old_article/n2004dir/n2609dir/n2609_08.htm