ER Collection で ”Dr.Goto 臨床研究コラム”を担当している後藤匡啓先生が参加する研究グループより、日本国内での新型コロナウイルス流行第1波期間中の患者の受診行動の変化を研究した論文「Physician Visits and Medication Prescriptions for Chronic Diseases During the COVID-19 Pandemic in Japan」が発表されました。ここではその内容について紹介します。
福井大学医学部卒業後、同附属病院救急部にて研修。Emergency Medicine Alliance・Japanese Emergency Medicine Networkのコアメンバーとして活動し、JEMNet論文マニュアルを執筆。救急専門医取得後、ハーバード大学公衆衛生大学院修士課程に進学すると同時にマサチューセッツ総合病院救急部にて臨床研究に従事。帰国後は東京大学大学院臨床疫学経済学講座にて研究活動を行い、現在同講座及びTXP Medical社のChief Scientific Officerとしてデータ解析や臨床研究の指導を行っている。
本研究の要点
ヴィアトリス製薬株式会社(本社:東京都港区、代表取締役:キム・ソナ)、株式会社ミナケア(本社:東京都千代田区、代表取締役:山本雄士)、カリフォルニア大学ロサンゼルス校医学部・公衆衛生大学院 津川友介助教授、東京大学医学部附属病院・救急集中治療部 大沢樹輝氏、TXP Medical株式会社 後藤匡啓氏の共同研究グループは、日本での新型コロナウイルス流行第1波期間中*に、それ以前からの慢性疾患(高血圧症、2型糖尿病、脂質異常症)罹患者の医療機関へのアクセスと薬剤処方がどのような影響を受けたかに関して、ミナケア社のレセプトデータベースを用いた研究を実施しました。その結果、2020年3月に比較して4月に受診抑制が生じたものの、5月には元のレベルに回復していたこと及び対象期間における薬剤処方量に変化がなかったことが判明しました。
*本研究では、2020年4月7日に緊急事態宣言が7都道府県(東京、埼玉、千葉、神奈川、大阪、兵庫、福岡)に発令され、4月16日に対象地域が全国に拡大、5月25日に解除されたことから、2020年4月と5月を「流行(感染拡大)期)」と定義しました。

研究結果について
研究結果のポイントは下記の通りです。
- 日本における新型コロナウイルス流行の第1波期間中に、慢性疾患患者(新型コロナウイルス流行以前から高血圧症、2型糖尿病、脂質異常症のいずれかの疾患で通院歴のある患者)の医療機関の平均受診回数は感染拡大前に比較して減少し、月に一度も受診をしなかった患者の割合も有意に増加した。緊急事態宣言が解除された5月には、医療機関の平均受診回数および月に一度も受診をしなかった患者の割合は感染拡大前のレベルに回復していた。
- 対象期間における高血圧症、2型糖尿病、脂質異常症に対する薬剤処方割合は感染拡大前後で変化がなかった。
- 早期に緊急事態宣言を発令した7都道府県とその他の地域を比較したところ、緊急事態宣言発令地域で、慢性疾患患者の医療機関の平均受診回数の減少傾向および月に一度も受診が見られなかった患者の割合の増加傾向はより顕著であった。
ポイント1:
2020年3月、4月、5月における、慢性疾患患者(新型コロナウイルス流行以前から高血圧症、2型糖尿病、脂質異常症のいずれかの疾患で通院歴のある患者)の医療機関の平均受診回数は、3月の1.9回から、4月には1.7回に減少(p<0.001)し、5月には1.8回に回復していた。月に一度も受診をしなかった患者の割合は、3月の15 %から4月に24 %に増加(P<0.001)し、5月に9 %に減少していた。考えられる理由として、新型コロナウイルスの流行の拡大、それに伴う緊急事態宣言の発令が2020年4月の受診抑制に繋がった可能性がある。
ポイント2:
この期間の薬剤処方量をPDC(Proportion of Days Covered;対象期間における薬剤処方割合)を指標に評価したところ、2020年3月、4月、5月の慢性疾患患者のPDCはそれぞれ87%、87%、85%であり、流行の前後で臨床的に意義のある差は見られなかった(3月vs. 4月P=0.45)。変化がなかった一因として、第1波流行期間中、医師は慢性疾患の治療に不可欠な薬剤をより長期間に処方し、意図的に受診のタイミングを調整した可能性があると推察される。
ポイント3 :
早期に緊急事態宣言を発令した7都道府県の医療機関に通っている慢性疾患患者について、2020年3月、4月、5月の医療機関の平均受診回数を算出するとそれぞれ、2.0回、1.7回、1.9回であった。また、月に一度も受診をしなかった患者の割合はそれぞれ、14%、25%、7%であった。その他の地域の医療機関に通っている慢性疾患患者の平均受診回数は2020年3月、4月、5月でそれぞれ、1.7回、1.6回、1.6回、月に一度も受診をしなかった患者の割合はそれぞれ、18%、22%、15%であった。統計的有意差は認められなかったものの、早期に緊急事態宣言が発令され新型コロナウイルス感染症の影響が大きかった7都道府県においてはその他の地域と比較して、慢性疾患患者の医療機関の平均受診回数の減少傾向および月に一度も受診しなかった人の割合の増加傾向はより顕著であった。

研究の意義と今後の展開について
新型コロナウイルス感染症流行の第1波において、高血圧症、2型糖尿病、脂質異常症などの患者数の多い慢性疾患患者の受診頻度が一時的に低下したが、治療に不可欠な薬剤処方割合に臨床的に意義のある変化がなかったことが示された。高血圧症、2型糖尿病、脂質異常症は心疾患や脳血管疾患、慢性腎臓病などのリスク因子で、持続的に管理される必要があるため、長期に医療機関への受診が行われなかった場合には、将来的な健康状態に悪影響を与える可能性がある。新型コロナウイルス感染症流行下において医療機関への受診頻度が低下しても、これらの慢性疾患を適切に管理する戦略の策定および仕組みの構築が求められる。
参考
Physician Visits and Medication Prescriptions for Chronic Diseases During the COVID-19 Pandemic in Japan
Itsuki Osawa, Tadahiro Goto, Yuko Asami, Noriharu Itoh, Yasuyuki Kaga, Yuji Yamamoto, Yusuke Tsugawa
BMJ Open 2021; 11: e050938. doi: 10.1136/bmjopen-2021-050938
http://bmjopen.bmj.com/cgi/content/full/bmjopen-2021-050938>