自治医科大学を卒業後、総合診療医として10年近くへき地医療に関わってきた田邊翔太先生は、重症患者数が少ない地域にも都心と同じような救急医療が必要だと考え、医師11年目に救急科専門医の資格を取られました。通常の勤務をしながら複数の三次救急医療機関で学び、ドクターヘリの体験や様々な資格を取得するなど、どのような経験と知識を積み重ねてこられたのかについて、お話を伺いました。

Interview:田邊 翔太

松江赤十字病院 救急総合診療科部 部長。2008年自治医科大学を卒業後、島根県立中央病院に勤務。離島・中山間地域での総合診療医として勤務、聖マリアンナ医科大学病院などでの研修を経て、2020年4月より現職。救急専門医、集中治療専門医、総合内科専門医、プライマリ・ケア認定指導医、抗菌化学療法認定医、インフェクションコントロールドクター(ICD)、FCCSインストラクター、日本DMAT隊員、臨床研修指導医。

地域医療を支える総合診療医から独学で救急医の道へ進む

-現在の仕事内容について教えてください。

 現在勤務している松江赤十字病院は、島根県の県庁所在地である松江市にある唯一の三次救急医療機関で、島根県内で最多の救急搬送件数を誇り、地域医療支援病院の承認も受けています。救命救急センターに加えて地域の災害医療拠点でもあり、第一種指定感染症医療機関としてCOVID-19患者も受け入れてきました。救急総合診療科は私が赴任した2020年4月に新設され、医師は部長の私を含め2名が勤務しています。主な仕事は、救急外来(ER)、集中治療室(ICU)、軽症から重症まで一般病棟を含む入院患者の管理を担当しています。ドラマに出てくるような重症患者の受け入れやECMO を管理することもありますが、軽症で運ばれてくる方も多く、在宅や施設への退院調整、一般外来での診療、ワクチン外来などあらゆる病症を診ています。

松江赤十字病院

ー医師を目指したきっかけを教えてください。

 私は島根県にある人口2000人の村の出身なのですが、地元に医師がいなかったので地域の診療所で働こうと思ったのが医師を目指したきっかけでした。親のすすめで自治医大に進学しましたが、卒業から9年間は出身都道府県が指示する病院で働く義務年限があります。島根県立中央病院での初期臨床研修を経て、2010年から4年間は島根県の隠岐の島にある隠岐病院の総合診療科に勤務していました。

 隠岐病院は本土からフェリーで約2時間半、飛行機は1日1往復という距離にあります。緊急搬送をする場合、2012年11月にドクターヘリが運用されるまでは、自衛隊機や海上保安庁の巡視艇を手配する必要がある地域でした。そこで総合診療科の医師として、内視鏡治療や血液透析、糖尿病から血液疾患まであらゆる病気に対応していました。手術を行うこともあれば、訪問診療、がん末期患者の在宅看取り、康教室まで診療所に近い仕事もしており、それが地域で求められる総合診療だと思っていました。離島における唯一の病院であったため、救急患者の受け入れを断るという選択肢はありません。医師になって数年しか経験がないのに、手に負えない患者を診なければならないこともあり、その時に救急医療の勉強が必要だと考えるようになりました。

ー島根で働きながらどうやって救急医療を勉強したのでしょうか?

 救急医療を学ぶという明確な目的ができてからは、通常の勤務をしながら自由に使える時間をフルに活用して勉強できる場所を探しました。都心部で最先端の救急医療を学びたいと考えていたところ、東京都立墨東病院に自治医大で島根県出身の先輩が2名勤務されていて、1ヶ月受け入れていただきました。墨東病院の救急診療科・高度救急救命センターは、広尾病院、多摩総合医療センター及び小児総合医療センターとあわせて「東京ER」と呼ばれ、都内でも多くの救急患者を受け入れています。銃で撃たれたり、切腹した患者が運ばれたり、驚くような傷病もあり、たった1ヶ月でしたが内容の濃い経験ができました。

 その後、隠岐病院の次は山間部にある公立邑智(おうち)病院に2年間勤務しましたが、ここでも総合診療医として勤務しながら学会に参加したり、救急の勉強を続けました。2週間に1度は外部で勉強する機会をいただき、広島大学病院で救急集中治療を見せてもらい、広島県ドクターヘリに乗せてもらうなどしました。

島根県ドクターヘリ

都心での勤務経験から研究と教育の重要性を実感

ー義務年限を終えた後はどうされましたか?

 島根県で救急専門医を目指すことになり、島根県立中央病院に戻って救急医と集中治療医として働きはじめました。松江市に次いで人口が多い出雲市にあり、高度救命救急センターや島根県ドクターヘリも運営しています。専門医になるには論文や経験症例などとあわせて、救命救急センターや集中治療室での一定期間の勤務歴が必要なため、医師になって11年目に救急専門医、12年目に集中治療専門医をやっと取得することができました。年数はかかりましたが、救急医療と共通するところも多い総合診療の知識を義務年限で得られたことは、自分の幅を広げる貴重な経験だったと考えています。

 また、救急医を続けるならもっとたくさん症例を診ておく必要があると思い、この時も島根県出身で自治医大の先輩である聖マリアンナ医科大学の藤谷茂樹教授に声を掛けていただき、同病院で2年間勉強しました。他の関連病院で勉強したり、アメリカの救急医療を1ヶ月見学したり、ここでも期待していた以上の経験ができました。そして、2020年4月に島根に戻って現職についています。

ー2年間経験したことで現在の仕事に活かされていることはありますか?

 首都圏のERは重症患者がたくさん運ばれてくるので施設としての習熟度が高く、個人の能力や経験値に加えて器材の整備やプロトコールといったシステムが優れているというのがわかりました。島根に戻ってまずは道具を整理してセット化し、シミュレーションなどを通してチーム力を高め、重症例に対応できるようにしています。

 聖マリアンナ医科大学では研究と教育の重要性も感じたので、個人的には研究に取り組みたかったのですが、この1〜2年はCOVID-19の対応でなかなか時間が取れない状況です。患者の入院管理も担当し、島根県のCOVID-19対策にも加わっていますし、部長職としての事務仕事や会議もあって、忙しい日が続いています。とはいえそうした中でも、現在は母校である自治医科大学の大学院に所属しながら、少しずつではありますがデータ収集を行い研究を進めています。教育に関しても、初期臨床研修医の指導や看護師の特定行為研修など、聖マリアンナ医科大学での経験を生かして実施しています。

聖マリアンナ医科大学での講義の様子

DMATやFCCSの資格は平時でも役立つ

ー災害時に現地へ派遣されるDMATに所属されているそうですね。

 DMATは災害派遣医療チーム「Disaster Medical Assistance Team」の略称で、「災害急性期に活動できる機動性を持ったトレーニングを受けた医療チーム」と定義されています。厚生労働省が認定する資格で、基本的に所属先は各都道府県なので、私は島根県のDMATに所属しています。出動回数はそれほど多くなく、2018年の熊本地震の際に応援で派遣されて以降の出動はありません。

 特に救急医はDMATの資格を取得すると勉強になると思います。研修では災害時の人命救助という特殊な現場で活動するための研修を受けますが、そこで学ぶ指揮命令系統、何を優先するか、消防とどう連携するかといった考え方は、救急外来のマネージメントやドクターヘリ・ドクターカーでの病院前活動に共通するものであり、救急医にとっては平時でも重要なスキルになるでしょう。

ー他にも取られている資格があれば教えてください。

 FCCS(Fundamental Critical Care Support)は、米国集中治療学会(SCCM=Society of Critical Care Medicine)が企画運営する重症集中患者を管理する際に必要な概念、知識、実践を学ぶコースで、2日間かけて講習を受けます。患者が集中治療室に入るまでのマネジメントに重きを置いた資格なので、あらゆる診療科や看護師などのコメディカルにも役立ちますし、救急・集中治療専門医であればインストラクターを目指すとさらにいいでしょう。繰り返し教えることで知識の整理になり、同じインストラクターをしている先生たちと現場のリアルな意見交換ができるなど、仕事に対する刺激や励みにもなります。時には共著のお声がかかることもありますし、実は聖マリアンナ医科大学へ研修に行けたのもインストラクター活動がきっかけでした。

 FCCSに限らずこのような教育コースでは、知識を習得することは当然として、インストラクターとなって教育する立場を経験できること、同じような分野で働く多くの「仲間」と知り合えることが最大のメリットだと考えています。

ー最後に救急医を目指す人たちにアドバイスをお願いします。

 救急救命は劇的に患者を治し、命をつなぎとめるという点にやりがいがあり、多くの救急医がそうしたところに魅力を感じていると思いますし、私もその一人です。ただ、自分自身は田舎の救急医だと思っていて、地域で求められる医師として応えることにやりがいを感じ、それが大事だと考えています。例えば、島根では外傷や違法薬物中毒は少ないですが、蛇咬傷、農薬中毒、ダニによるSFTS(重症熱性血小板減少症候群)などは都市部より多く経験します。そうした特殊な症例に対応しつつ、総合診療・総合内科の領域から少ない重症患者まですべて診る力が求められ、地域に育ててもらうところに魅力があります。

 オールラウンダーという点で救急医と総合診療医は同じですが、特に地方都市やへき地では総合診療を知らなければ救急医療はできないのではないかと思うところがあります。救急医はまず致死的な外傷を治療していきますが、総合診療医は外傷以外の病気の可能性(なぜ外傷を負ってしまったのか、その背景に隠れた疾患はないか)を含めて治療方法を検討します。そうした発想をすることで医療としての幅が広がります。どちらが優れているとか、重要だとかではなく補完的な役割を果たしているのです。

 また、稀とはいえ重症外傷や体外循環を使用するような重症患者にも質の高い医療を提供しなければなりません。可能なら、都市と地域の両方で経験と知識があるといいですし、資格を取得すること、教育を行うこと、同じ志をもつ仲間をもつことも自己研鑽には必要でしょう。

 救急外来に搬送される患者さんを診療するにあたり、私はジェネラリストでありたいと思っています。これから救急医を目指す皆さんにも、総合診療や都市・地域などで幅広い経験を積んで、その地域で求められる医療を提供できるジェネラリストになってほしいです。

ー貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。

参考

自治医科大学
https://www.jichi.ac.jp/

日本赤十字社 松江赤十字病院
https://www.matsue.jrc.or.jp/

東京都立墨東病院 東京 E R 墨東 救急診療科・高度救命救急センター
https://www.facebook.com/bokutohqq/

厚生労働省 DMAT事務局
http://www.dmat.jp/

特定非営利活動法人 日本集中治療教育研究会 シミュレーション部会 FCCS運営委員会(fundamental critical care support)
http://www.jseptic.com/fccs/

一般社団法人 集中治療医療安全協議会 FCCSコース
https://ccpat.net/fccs_pfccs_fdm/fccs/

自治医科大学 卒業生VOICE「島と山と縁結び」
https://www.jichi.ac.jp/medicine/graduate_voice/article/tanabe/