日本の医療は、在宅医療と診療所を含む病院医療の両者で成り立っていると考えられています。普段は在宅で診療を受け、対応が難しい場合は地域の医療機関を受けたいという要望は増加しており、在宅と救急の連携が不可欠になりつつあります。具体的にはどのような連携が求められ、現場ではどのような対応が行われているのでしょうか。救急科専門医であり訪問診療と救急外来の両方で活躍されている井上淑恵先生にお話を伺いました。

Interview:井上 淑恵

悠翔会在宅クリニック品川 医師、藤沢市民病院救命救急センター 非常勤医師。医学博士。日本救急医学会救急科専門医、日本内科学会総合内科専門医。2020年より日本医科大学総合医療学 非常勤講師。2006年香川大学卒。藤沢市民病院での研修後、日本医科大学での国内留学を経て現職。2019年より日本救急医学会高齢者救急特別委員会所属。日本在宅救急医学会評議員。

訪問診療も救急も人間の身体をすべて診るのが仕事

-現在の仕事内容について教えてください。
 私が訪問診療と救急外来(ER)の二足のわらじをはくようになって今年で9年目を迎えました。平日の火曜から金曜は機能強化型の在宅療養支援診療所である悠翔会在宅クリニック品川で訪問診療医として、月曜日は藤沢市民病院救命救急センターの非常勤医師として働いています。加えて昨年10月から日本医科大学総合医療学の非常勤講師として、4年生と5年生を指導しています。本来はクリニックで診察同行などの実習を行うはずでしたが、COVID-19の影響で授業はオンラインで行っています。平日は大変忙しくしていますが、育児があるので土日はオンコールなしの完全オフとさせていただき、訪問診療と救急外来の二足のわらじをはきながらもワークライフバランスがとれた働き方をしています。

-訪問診療と救急外来では仕事にどのような違いがありますか?
 学生にもよく言いますが、訪問診療も救急も内科や外科をはじめ皮膚科から眼科、精神面まで人間の身体を丸ごと全部診る仕事であり、疾病のフェーズとして急性期なのか日常生活なのかという違いしかありません。救急外来は重症患者の受け入れでアドレナリンが出るようなケースもあって勉強になりますし、訪問診療では社会的弱者や難病の方を支えるなどいろいろな経験ができます。仕事量の比率として差はありますが、どちらもとてもやりがいがあり、両方やっているからこそ見えてくることもあるので、救急医を目指す学生や初期研修医にはどちらも経験した方がいいと話しています。

 両方の仕事をしていてわかったのは、在宅の患者が急変した時に深夜や休日でかかりつけ医に連絡がとれず、在宅看取りを希望していながら病院に運ばれてしまうケースがしばしばあることです。高齢者救急をテーマにした学会発表の中でも、そうした状況にジレンマを抱えているという声はよく聞かれますが、地域を一人で支えている開業医が、医療法人のように24時間365日電話がつながるようにするのは難しいものがあります。そこで悠翔会では地域の在宅医療をバックアップすることに取り組んでいます。

 このように在宅と救急が連携する必要性が求められていることから、2017年4月に日本在宅救急研究会が立ち上げられ、2018年11月に「日本在宅救急医学会」が発足しました。在宅医療と病院医療に関わるすべてのスタッフが同じテーブルにつき、これからの医療について考えることで、本当の意味での良き医療の構築を目指しています。地域を支える医療のあり方を考える活動としても注目され2019年に開催された第3回日本在宅救急医学会学術集会では、「在宅救急診療ガイドラインの作成」に向けた取り組みを進めることがテーマに掲げられ、多くの議論が交わされました。日本救急医学会や日本臨床救急医学会の発表でも、週4日は救急外来で週1日を訪問診療、あるいは救急と緩和ケアの両方をしている救急部門の医師は増えており、取り組みが広がりつつあると感じています。

第3回 日本在宅救急医学会 学術集会より

自分の人生をどう生き抜いていきたいのか繰り返し話し合うのが「ACP」

-最近話題になっている「ACP」とはどういうものなのでしょうか?
 ACPはアドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning)の略称で、日本での愛称(ニックネーム)として厚生労働省が「人生会議」を選定し、市民への啓発を図っています。一般的には、人生の最終段階に向けた治療やケアの方法について、患者本人と家族と医療従事者が話し合いで決めるプロセスと定義され、厚生労働省や大学病院がパンフレットを作成するなどオンラインでも情報が検索できます。けれども学会の発表でも様々な考え方があり、地域や病院によって対応は異なります。また、言葉が先行するあまり一部の医師の間でACPの概念が誤って伝わり、「在宅だけのものである」と考えられていたり、DNAR(Do Not Attempt Resuscitation=蘇生措置拒否)と同じように、ACPは「あるかないかを確認するものだ」と思われているところがあります。DNARも心停止時に心肺蘇生を実施しないという宣言であって、終末期に例えば熱が出ても何も治療しないという意味ではありません。ACPについては、東京大学大学院人文社会系研究科の死生学・応用倫理センターで特任教授をされている会田薫子先生も様々な場面でお話されていますが、あくまでも話し合いのプロセスであり、状況や経過によって変わることもあります。そうしたことから私が2年前から所属する日本救急医学会の高齢者救急特別委員会でも、ACPの用語の定義について話し合いを重ねているところです。

ー救急とACPがどう関わっているのかもう少し詳しく教えてください。
 昨年8月に開催された第23回日本臨床救急医学会のパネルディスカッション「高齢者の意向に沿った救急対応」でも話をしましたが、ACPは在宅だけのものではなく患者の人生を支えることに関わるすべての人たちに必要だと考えています。救急外来で受け入れた患者を帰す場合に、家なのか、施設なのか、その他の選択肢があるのかを判断する時にもACPが基準になりますし、できるだけ積極的に行った方がいいものだということを救急医にも知ってほしいと思っています。もし私も外来や急性期しか診ていなければ、そうした気づきはなかったかもしれません。

 ACPに関しては神戸大学が厚生労働省委託事業として「人生の最終段階における医療体制整備事業」患者の意向を尊重した意思決定のための相談員研修会(E-Field)を行っており、非常に内容が充実していますのでぜひ参考にしてみてください。

-現場ではどのようなことを話し合うのでしょうか?
 話す内容は治療についてや、どこで亡くなりたいか、延命はしたいかなど終末期のことだけではありません。先日の訪問診療をした時の例ですが、一人暮らしをしている90代後半の女性から、訪問リハビリの介護サービスを止めたいと相談されたことがありました。理由としてはいろいろありましたが、あらためてご自身が望んでいる人生について尋ねたところ、認知症や寝たきりで家族の迷惑になりたくないことを一番大事にされているというのがわかったので、そうであればやはり訪問リハビリは続けましょうという話になりました。このように現場では様々なことを話し合いますが、そこで人生の最終段階で患者が「人生をどう生き抜いていきたいか」ということを焦点にすると、診療方針やケアサポートの方法について、患者も希望が出しやすくなります。また、終末期は意志表示の確認が難しいと言われますが、元気な時にどのような選択を患者本人がしていたかを家族に聞き、その時に「私たちがサポートしますのでご本人の意思をできるだけ尊重しましょう」と伝えることが大事です。

ー話し合いでコミュニケーションをすることは結構難しいと思うのですがどうすればできるでしょうか?
 そこはまさしく私の指導課題でもあります。在宅医療では患者さんの話をよく聞くことはもちろん、一緒に患者を支えるケアマネージャー、訪問看護師、ヘルパー、福祉用具の方々との多職種連携がとても大事になります。介護老人保健施設と家を行ったり来たりしている場合は、その施設の方たちと円滑にコミュニケーションをはかり患者情報を共有する必要もあります。救急外来の場合も同じで、介護度はいくつなのか、どんなサービスを利用しているのか、どの施設を利用しているのかなどを必ず聞くよう初期研修医に指導しています。例えば、低酸素血症で搬送された誤嚥性肺炎の患者がいたとして、訪問診療が導入されていれば、救急外来から自宅に帰る際にかかりつけの訪問診療医に相談して在宅酸素の導入を提案することができます。最近の医学生は授業で介護保険の勉強もしますし、スーパーローテーションで複数の科を回るのが当たり前なので、直入局時代の医師や介護保険制度が始まる前に卒業した私のような医師よりいろんなことをよく知っているかもしれません。他にも何かツールを使う方法もあるかもしれませんが、私たちはできるだけコミュニケーションで話を引き出すようにしています。

 また、私自身はコーチングの勉強をしています。以前は患者に対して自分の考え方や一般的な方法を伝えるのにティーチングで答えていましたが、それでは患者に納得してもらえないと感じることがありました。同じ頃に子どもとのコミュニケーションについても悩んでおり、その時に出会ったのが「NPO法人ハートフルコミュニケーション」でした。子どもの幸せな自立を目指して親のかかわり方を考える活動をしている団体で、コーチング理論やコミュニケーションの体系を1年かけて学ぶコーチ養成講座を開催しています。実習もあるので力がつきやすく、受講してから患者の反応も変わってきたのを実感しているので、医療従事者の方にはぜひおすすめしたいですね。

入院リスクを減らす要因を研究

-院内や多職種連携で情報共有はどのようにされているのでしょうか?
 悠翔会の場合は独自に作成したクラウド型電子カルテシステム「HOMIS」があり、患者毎に急変時の要望などを対応ルールとして書き込めますし、当直医は全クリニックのカルテを見ることができます。内外とのやりとりは逐一ファクスや電話でも共有しています。医学的な対応については、クリニック内でカルテチェックや処方のチェックをルーティーンで行っていますし、医者だけ、もしくはクリニック内の他職種とも週一でカンファレンスをしています。複数あるクリニックの中でも品川クリニックの対応は充実している方だと思います。

-ACPに関する論文も書かれていると聞きました。
 Ambulatory Care-Sensitive Conditions (ACSCs)をテーマに「適切なタイミングで効果的なケアをすることで入院リスクを減らすことができる状態」について調査研究を行い、「Factors in avoidable emergency visits for ambulatory care sensitive conditions among older patients receiving home care in Japan: a retrospective study」というタイトルで論文を書き、現在公開を待っているところです。(インタビュー後2022年1月公開https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35034933/)クリニックに救急搬送された患者を対象に、医学的要因、医療者側要因、患者側要因、社会的要因の4つに分けて理由を調べたもので、先日Internal Medicineにアクセプトされました。ACSCsは医療費にシビアな欧米ではよく研究されているテーマの一つです。今回参考にしたのは2013年にドイツで発表された先行研究で、前述した4つの要因に加えて日本には無い地域密着型医師のGP(General Practitioner)というシステムを含めて調査されています。その結果、緊急入院の41%回避可能だという結果が出ています。

 日本の学会では現場から救急搬送された救急側の患者内訳や統計を使った研究はいろいろ発表されていますが、在宅から送り出した側の研究はなかったので、このテーマを選びました。クリニックの2年分のデータを調べたところ、搬送理由の約8割が患者側の社会的要因にあり、全体で約48%は緊急入院が回避できそうだということがわかりました。また、ACPが実施されて事前意思確認ができている患者は入院回避の因子となり、ACPは必要という結論を出しました。

-最後に救急医を目指す人たちにアドバイスをお願いします。
 一般外来の医師の中には患者にとってシビアな話を伝えるのが苦手な方が少なくないため、以前から終末期だったことを救急外来に搬送されてはじめて知り、ショックを受けられるケースがしばしばあります。本来なら医師が状態を説明することで一緒に病気に立ち向かう準備ができますし、その時にACPを行えば患者も家族も意識が変わります。救急医はぜひ救急外来でもACPを行ってほしいですし、社会的弱者が自分の力だけではどうしようもなくなり救急外来にやってくるというような場合も、行政や地域包括支援センターを巻き込んでACPができるようになれば、状況は少しずつ変わるかもしれません。患者は救急外来で医師が寄り添うだけでも安心できますし、仕事を切り分けずに多職種連携していくことが救いになるでしょう。私自身は「人生の一部に病がある」という考え方をしていますし、そこに関わるのが救急の魅力だと思っています。これからも在宅と救急外来の経験を活かして、いろいろな人たちの架け橋になることができればと考えています。

-貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。

参考

悠翔会 在宅クリニック品川
http://www.yushoukai.jp/clinic/shinagawa/

藤沢市民病院
https://www.city.fujisawa.kanagawa.jp/hospital/index.html

日本在宅救急医学会
http://zaitakukyukyu.com/m/index.html

厚生労働省委託事業「人生の最終段階における医療体制整備事業」患者の意向を尊重した意思決定のための相談員研修会資料(E-Field資料)
https://www.med.kobe-u.ac.jp/jinsei/acp_kobe-u/acp_kobe-u/acp02/medical-staff.html

東京大学大学院人文社会系研究科死生学・応用倫理センター 上廣講座 会田薫子特任教授
https://www.l.u-tokyo.ac.jp/dls/ja/staff.html

NPO法人ハートフルコミュニケーション
https://www.heartful-com.org/

業績報告2018 – 医療法人社団悠翔会
https://www.yushoukai.org/2018