京都府立医科大学附属病院の集中治療部で部長を務める橋本悟先生は、入局から40年間の大部分を専属集中治療医として活躍してこられました。近年では、日本ICU患者データベース「JIPAD」事業や横断的ICU情報探索システム「CRISIS」の開発リーダーを担当されるなど、集中治療医学の発展に力を入れておられます。集中治療医とはどのような業務を行い、これからどのような方向に向かおうとしているのかといったお話を橋本悟先生に伺いました。

Interview:橋本 悟

京都府立医科大学附属病院 集中治療部 部長、医療情報部 部長、病院教授。1981年京都府立医科大学医学部卒業後、同大学附属病院麻酔科に勤務。1991年同集中治療部助教授、副部長を経て、2006年同集中治療部病院教授、部長に就任。2012年より現職。一般社団法人日本集中治療医学会 常務理事。同JIPADワーキンググループ委員長、ARDS診療ガイドライン2016作成委員長、CRISIS管理リーダーを務める。著書に「小児ICUマニュアル(1991年初版、2018年第7版)」(永井書店)、「デジタルプレゼンテーション」(秀潤社)2002年、「集中治療専門医テキスト」(総合医学社)2015年ほか多数。

スーパーバイザーとして全体を統括するのが役割

-集中治療医とはどのような仕事なのでしょうか?
 集中治療医の仕事について日本集中治療医学会では「さまざまな臓器不全や多臓器不全を発生している重症患者の全身管理とケア、また命をつなぎとめるための高度な知識と技術を持ち合わせている専門医師」と定義されており、「重症患者の総合診療医」であるとしています。重症患者を危機から救うスーパーマンのように思われているかもしれませんが、対応できる医師をいち早く見つけてより良い診療を提供するなど、スーパーバイザーとして全体を統括する役割が求められます。主治医や担当看護師をはじめ、栄養士、薬剤師、臨床工学技士などいろんな方の力を借りて治療方針をディスカッションし、コンセサスを得た中で粛々と治療を進めるのが仕事です。集中治療医学は救急医学と麻酔科学を土台にしているので救急医や麻酔科医と混同されたり、実際に救急医や麻酔科医が兼任するケースも多いのですが、専従の医師も少しずつ増えています。

-集中治療に関わられたきっかけと現在の仕事内容を教えてください。
 私は京都府医科大学附属病院の集中治療部に勤務しており、来年定年を迎えるのですが、2年の留学期間以外の40年間をほぼ集中治療一色で医療を支えてきました。医学部を卒業した当時は集中治療というものがほとんど存在せず、麻酔科学教室に入局しました。その翌年に竣工された附属小児疾患研究施設(京都府こども病院)のPICU(小児集中治療室)の立ち上げに関与したのがきっかけで集中治療に関わるようになり、1990年に立ち上げられた成人ICUの設計にも関わりました。当院のICUはそれほど大規模ではなく、成人ICUが6床、PICU6床の計12床を7名の医師で24時間管理しています。

鴨川から望む京都府立医科大学附属病院

 当院は高度で専門的な医療を行う特定機能病院の役割を担い、第一種感染症指定医療機関としてCOVID-19重症患者を受け入れています。集中治療部とは別病棟に5床ある陰圧室を一時的なICU(makeshift ICU)とし、救急医療科や感染症科の先生たちと協力して、医師15名、看護師22名という体制で治療にあたっています。私はその管理も担当していますが、全体を統括するのが役割なので、電話やパソコンを使う時間の方が長くなる場合もあります。こうした状況はまさしくイレギュラーで、これ以上患者が増えたらCOVID-19以外のICU対応を縮小するか、救急外来対応を他の病院にお願いせざるをえないところまできています(取材は5月13日)。

 日本は病床数も看護師の数も多く、医師の数もそれなりありますが、医療体制としては今回のCOVID-19感染拡大のような状況に対しては非常に脆弱です。集中治療や救急医療をやろうという医師が少なく、医師届出票や統計に「集中治療医」という言葉は使われていません。厚生労働省には集中治療科を独立した科として新設していただくよう以前から働き掛けていますが、救急科が認められたのは2000年を過ぎてからですし、総合診療科が認められたのも8年前です。私の勤務先がICUだと言うと大学のICU(*国際基督教大学:International Christian University=ICU)に間違えられることもあり、最近はマスコミが集中治療専門医について書いてくださるのでそのようなことはなくなりましたが、残念ながら医師のヒエラルキーでは下の方にある診療科の一つだと言えるでしょう。

-集中治療医の地位を変えようとする動きはあるのでしょうか?
 実は日本専門医機構の初代理事長には、集中治療医をサブスペシャルティにすることを書面で認めていただいていました。ですがその後の執行部の体制変更で白紙に戻され、ここ数年は静観状態にあります。集中治療医(集中治療科医)を目指すにしても、国公立大学で集中治療医学を教えているのは3つほどです。教室があるのは東京医科歯科大学だけなので、日本救急医学会と日本麻酔科学会にお願いして専門医制度のカリキュラムを確立しようとしています。

海外ではデータベースの運用を国が支援

-委員長を務められている「JIPAD」について教えてください。
 日本ICU患者データベース「JIPAD(Japanese Intensive care PAtient Database)」は、日本集中治療医学会が運営する診療データベースです。ICU機能評価委員会が中心となって2014年に開始され、集中治療室に入った患者の疾病や重症度など様々な医療情報を集積し、各施設の状況を比較することで医療の質の向上と集中治療医学の発展を目指しています。

日本ICU患者データベース「JIPAD」

 立ち上げの背景ですが、海外では集中医療医学に関する研究がかなり進んでおり、オーストラリアとニュージーランドの集中治療医学会「ANZICS(Australian and New Zealand Intensive Care Society)」、英国のICUの監査・調査機関である「ICNARC (Intensive Care National Audit & Research Centre)」がトップランナーとして知られています。1990年代初頭には重症患者の重症度や予測死亡率などを集めたデータベースが構築され、それを元に集中治療におけるクリニカルインディケーター(臨床指標)を提示したり、成績が奮わない施設に指導やコンサルティングを行うことに活用されています。ICNARCにはスコットランドをのぞく英国の全ICUが登録され、各施設の診療成績を可視化することでお互いに切磋琢磨しています。オーストラリアではデータベースの分析により、ICUが敗血症死亡率を劇的に低下させたことが証明され、政府が年間1億円以上のランニングコストをかけてデータベースの運用を支援しています。

 日本にもこのようなデータベースが必要だと考えられ、日本集中治療学会の有志が集まって2011年にワーキンググループ発足の準備を始め、2014年にJIPADを開始しました。国内で集中治療専門医が認定されている約370の施設を中心に参加をお願いし、2020年11月の時点で78病院、89施設に登録いただいています。今年に入ってから蓄積された約20万人のデータを用いた日本版の重症度評価を出すことができ、先輩である海外組織からも評価いただいています。次の目標として、JAMA(The Journal of the American Medical Association)や、NEJM(The New England Journal of Medicine)のような一流雑誌に掲載されることを目指しています。

-COVID-19重症患者のデータを集計する「CRISIS」はどのように立ち上げられたのでしょうか?
 横断的ICU情報探索システム「CRISIS(CRoss Icu Searchable Information System)」は、日本集中治療医学会、日本救急医学会、日本呼吸器学会の3学会の協賛を得て、日本COVID-19対策ECMOnetが立ち上げたシステムです。今回のCOVID-19の感染拡大のような危機的な状況での患者データや集中治療リソースの共有を目的に、2020年2月に日本集中治療医学会の当時理事長だった西村匡司先生の依頼で開発が進められ、私は開発責任者として管理リーダーを担当しています。600以上の施設が参加し、全国で約6500床あるといわれるICUベッドの約80%をカバーしています。一部のデータはウェブサイトで公開しており、地域による検索なども可能です。具体的な活用事例ではて、データ分析を元に、腎代替療法により透析が必要な患者はそうでない患者の倍以上の治療日数が必要だという意見を厚労省に提出し、診療報酬査定日数を倍以上にすることができました。これからも公開データからいろいろな知見が生まれることを期待しています。

横断的ICU情報探索システム「CRISIS」では様々なデータが公開されている。

 集中治療医学に関する動きとしてはもう一つ、遠隔ICUなど集中治療におけるICTをサポートするNPO組織、集中治療コラボレーションネットワーク「ICON(アイコン)」がこの2月に認可され、活動を開始しています。事業目的には遠隔ICUモデルやデータベース構築事業があり、集中治療に関するデータ利活用の教育事業も含まれています。集中治療医の認定を支援する活動にもつながるよう私自身も運営に関わっていく予定です。

集中治療医はやりがいのある面白い仕事

-データベースに協力しようという医療施設は増えているのでしょうか?
 今は電子カルテがあるのでデータベースの構築は簡単だと思われているかもしれませんが、重症ケア部門のデータを集めるのはハードルが高く、システムを開発する費用もかかります。海外では国がデータベースの必要性を認識しており、医療施設側もプロモーションになるので入力専門のスタッフやデータサイエンティストを採用しています。日本は電子カルテから手作業でデータ入力している施設も少なくないので、協力しようとしても難しいというのが現状です。OCRで取り込むなどもう少し簡単に作業できれば協力いただける施設は増えるかもしれないので、そうしたシステムを開発するなど必要なノウハウがあれば提供したいと思っています。

-データの活用について勉強する機会はあるのでしょうか?
 一つはトレーニングとして、集中治療に関するデータを活用してAI(人工知能)で重症度を予測する技術を競う「Big Data and Machine Learning in Healthcare in Japan」というデータソン(*1)を開催しています。ICUの医師とデータサイエンティストが交流する機会を提供する目的で、2015年からボストンのMIT(マサチューセッツ工科大学)でDr.Celiがスタートし、世界中で開催されています。日本ではDr.Celiとスタンフォード大学で同期レジデントだった東京医科歯科大学大学院の重光秀信先生が、知人である私に声をかけて2018年に第1回目を開催しました。2019年に第2回目がGoogleの日本本社で開催された時は、たくさんの人たちが参加しました。3回目以降はCOVID-19で延期されていますが、昨年12月にはシンガポール国立大学の主催で初のオンラインデータソンが開催されました。参加した60チームのうち日本の2チームがTOP10に入り、その1つがTXP Medicalの後藤匡啓先生のチームでした。本年12月の開催を予定している第2回目のオンラインデータソンには日本も共催する予定ですので、興味のある方はぜひとも参加いただきたいです。

(*1) データソンとはデータを使って用意されたテーマを解決するアイデアや技術をチームで決められた時間内に競うイベントのこと。もとはプログラミングの技術を競うハック(hack)とマラソン(marathon)を組み合わせたイベント「ハッカソン」から来ている。

-これから集中治療医を目指そうという人たちへアドバイスをお願いします。
 集中治療医はだいぶ認知されてきましたが、京都に170ある病院のうち集中治療医が専属する施設は10もありません。その理由は現状の医療制度は集中治療医がいてもいなくても結果は変わらないという認識のままで、基本的に非採算部門だからというのもあります。ICUの診療報酬は1晩で十数万円ですが、当院は成人ICU6床を看護師24名と医師4〜5名で診ていますし、PICUも重症で退院できないのに2〜3週間過ぎると特定集中治療が加算されず、どう考えても採算が取れません。現在は政策医療に近い形で運営されていますが、専門医に認定されることでこうした状況が改善される可能性があると考えています。いずれにしても私自身は、現場の医療関係者はICUに集中治療医がいる方が安心でき、求められる存在であると考えていますし、患者が良くなる時は劇的に良くなるので、とてもやりがいのある面白い仕事だと思っています。集中治療医にはオーガナイザーとして様々な人たちとディスカッションできるようそれなりの経験が必要なので、目指したいという若い人たちには、まずは麻酔科や救急科などでしっかり専門医として下地を積みなさいとアドバイスしています。

ー貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。

参考

京都府立医科大学附属病院
https://www.h.kpu-m.ac.jp/

一般社団法人 日本集中治療医学会
https://www.jsicm.org/

NPO法人 日本集中治療コラボレーションネットワーク(ICON)
https://iconjapan.net

Japan’s Second Big Data Machine Learning Event in Healthcare
http://datathon-japan.jp/

新型コロナによる医療崩壊を防ぐ CRISIS アジャイル開発の真価(前編)
https://www.claris.com/ja/blog/2020/covid-19-ecmonet-crisis-part1

集中治療にビッグデータやAIを(日経クロステック)
https://xtech.nikkei.com/dm/atcl/feature/15/327441/020800303/