UCLA助教授で日本医療政策機構理事の津川友介先生をお迎えして、TXP Medical 代表取締役の園生、Chief Scientific Officerの後藤の3名による初の自社ウェビナーを開催しました。ヘルスケアテクノロジーと日本の医療ビジネスをテーマに、アカデミア、起業、医療の現場を知る立場から有意義な意見が出され、白熱した議論が交わされました。(以下、敬称略)。

Invited speaker:津川 友介

カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)医学部(内科)、公衆衛生大学院(医療政策学)助教授、医師。日本医療政策機構理事。東北大学医学部卒業後、ハーバード大学博士課程修了(PhD)。聖路加国際病院、世界銀行、ハーバード公衆衛生大学院での勤務を経て2017年より現職。専門は医療政策学、医療経済学。医療データ分析の専門家として、JAMA Intern Med、BMJ等に原著論文を複数掲載。著書に『世界一わかりやすい「医療政策」の教科書』(医学書院)、共著書に『「原因と結果」の経済学』(ダイヤモンド社)などがある。

Speaker:園生 智弘

TXP Medical 代表取締役、医師。東京大学医学部卒業。救急科専門医・集中治療専門医。東大病院・茨城県日立総合病院での臨床業務の傍ら、急性期向け医療データベースの開発とこれに関連した研究を複数実施。2017年にTXP Medical 株式会社を創業。2018年内閣府SIP AIホスピタルによる高度診断・治療システム研究事業に採択(研究代表者)。日本救急医学会救急AI研究活性化特別委員会委員。全国の救急病院にシステムを提供するとともに急性期医療現場における適切なIT活用に関して発信を行っている。

Facilitator:後藤 匡啓

福井大学医学部卒業後、同附属病院救急部にて研修。Emergency Medicine Alliance・Japanese Emergency Medicine Networkのコアメンバーとして活動し、JEMNet論文マニュアルを執筆。救急専門医取得後、ハーバード大学公衆衛生大学院修士課程に進学すると同時にマサチューセッツ総合病院救急部にて臨床研究に従事。帰国後は東京大学大学院臨床疫学経済学講座にて研究活動を行い、現在同講座及びTXP MedicalのChief Scientific Officerとしてデータ解析や臨床研究の指導を行っている。著書に『僕らはまだ、臨床研究論文の本当の読み方を知らない。』(羊土社)。

GAFAMの参入でヘルスケア領域が活性化する

最初に今回のウェビナー開催の経緯を教えてください

津川:私は米国で活動し、医療政策という研究領域に取り組んでいます。国が持つメディケア(高齢者向けの公的医療保険)のレセプトデータベースと、Doximityというスタートアップ企業が持つ医師のデータベースを統合して研究しています。また、国内外の企業が活用するデータを用いて、正しい因果推論ができるアルゴリズムを機械学習(AI)を用いて作るといった研究をしたり、民間と行政を繋いで新しいものを生み出す活動もしています。新しい取り組みをする有力なヘルスケア系スタートアップを探す中でTXP Medicalの存在を知りましたが、ボストンで一緒だった後藤さんを通じて園生さんとぜひお話したいと相談をしたところ今回のウェビナーが実現しました。

園生:私は起業する前に津川さんのオンライン講演に参加したのが最初の出会いです。そこで話されていた「政策はアカデミアとのキャッチボール」という言葉が印象に残っていて、ぜひお話したいと思っていました。世界的な医学誌では医療政策の適応による変化をデータとして紹介する記事が毎月のようにたくさん掲載されるのですが、日本はそうした記事を有識者が引用してエキスパートオピニオンとするだけに留まっています。そうした状況を変えて、日本からデータやロジックを発信しようというメッセージに強く共感しています。

今回のテーマの一つであるヘルスケアテクノロジーについて、現状はどのような状況にあるのでしょうか?

津川:日本は病院などの医療機関で行う治療・診断・リハビリを「医療」と呼び、医療機関の外で行われるダイエットや運動などのサービスを「ヘルスケア」と呼ぶのが一般的です。一方、世界的には医療機関で行われる治療や診断に加えて、Apple Watchのようなウェアラブルデバイスからダイエットに使う食事アプリ、フィットネスサービスなども全て包括して「ヘルスケア」と呼び、ビジネスと研究の境目もほぼ無い状態になりつつあります。ヘルスケア領域にはGAFAM(Google, Amazon, Facebook, Apple, Microsoft)と呼ばれる巨大IT企業が参入し、Amazonは遠隔診療サービスのAmazonケアを展開していますし、Appleはプラットフォーマーとしてウェアラブルからデータを集めたり、アプリの使用料を通じてヘルスケアビジネスをしています。Googleは2015年に当時会長だったエリック・シュミットが今後ビジネスで目指す方向はヘルスケア一択だと話していますし、病院からデータを買うプロジェクト・ナイチンゲール(米国有数の巨大病院グループAscensionとの提携)など、外から医療の中に入ってこようとしています。人材も流動的で、大学教員や医師がChief Medical Officer(CMO)やCSOなどの形でGAFAMに勤務して研究してきたものを社会実装し、不足するknowledge gap(分かっている事と分かっていない事の差分)を見つけて再び大学などの研究機関で研究をするという「リボルビングドア」が当たり前に起きています。

 市場としては日本と同じく海外もデジタルヘルス分野はいま好調で、artificial intelligence(AI)とdigital transformation(DX)はバズワードになっています。プログラムを回して数字を出すのは誰でもできるので間違ったやり方も増えていて、実際にはまともなAIは実装されていないものの、AIを使っていると宣伝することで時価総額が高くなったりします。市場や投資家も、必ずしも企業が開発しているAIの質の評価ができているわけではないため、悪貨(AIを使っていると宣伝するものの実際にはまともに使っていない企業)が良貨(きちんとAIアルゴリズムを開発している良質な企業)を駆逐してしまうリスクがあると思います。このことに危機感すら感じており、個人としてはそこを変えたいという展望を持っています。

テクノロジーはヘルスケア領域をどれほど変化させているのでしょうか?

津川:みなさんはヘルスケア領域で大きなイノベーションが起きていると思われているかもしれませんが、いくつかの段階があります。私はヘルスケアに4つの発展段階があると考えています。

 ヘルスケア1.0は診療行為がすべて物理的にオフラインで行われている状態です。これは患者が医療機関で診療や検査を受けて、治療も物理的に医療機関で受けるという古典的な医療で、今までの医療がこれになります。

 ヘルスケア2.0では今まで行っていた作業の一部がデジタル化、すなわちDX化された状態になります。オフラインで行われていた医療行為が、オンライン診療や治療アプリなどを使ってオンラインで行われるようになります。DXによって効率化したりタッチポイントは増えるものの、提供されている医療の本質は変わっていません。DXによって新しい種類のデータは自動的に集まりますが、AIを用いたデータ解析やアルゴリズム構築、それによる医療の改善は十分行われていない状態です。

 ヘルスケア3.0ではDXによって得られた新しいデータをAIを用いて活用し、実装することで、臨床意思決定支援システム(Clinical Decision Support)などを通じて、診断や治療など医療の中身そのものが改善します。しかし、AIは人間(多くの場合は医師)から学んでいるため、アルゴリズムのパフォーマンスはどこまで行っても「専門医の診断と比べて90%一致した」というようなレベルとなり、人間を超えることはありません。

 ヘルスケア4.0は、真の意味でデータおよびAIを利活用することで、AIが人間(医師)を超えるような状態のことを指します。GAFAMも含めて、世界中の多くの企業はこのレベルは実現できていません。近い将来、プログラム医療機器などは同じ疾患に複数のプロダクトが存在するという状況になることが予想されるので、各カテゴリーでこのレベルに達した企業が勝者になると私は予想しています。

 現在のデジタルヘルスは、ヘルスケア1.0から2.0へ階段を昇ったあたりがほとんどです。Digital Therapeutics(DTx)は海外ではすでにたくさんありますが、以前からエビデンスや論文がある認知行動療法や糖尿病予防プログラム(Diabetes Prevention Program)をアプリやサービスで効率化しているだけで、診断方法や治療法そのものはほぼ変わっていません。放射線画像、病理組織、眼底写真などの画像診断の領域はヘルスケア3.0に達していますが、人間(専門医)から学んでいるので、簡単には人間を超えることはないと思われます。

 例えば、Google傘下の企業DeepMindは、病理医と比べてAIがどれだけ正しく診断できるのかという病理診断アルゴリズムを開発していますが、「正解」となるラベルはどのように決まるのか?が問題になります。ある病理医が乳がん細胞をプレパラートで見る場合、明らかにがんだとわかるものは100%近く診断できますが、微妙なものは例え同じ病理医であったとしても、2週間後に同じスライドを見ると4割は診断が異なるというデータがあります。このようなデータを使ってAIアルゴリズムを構築しても、どこまで信頼できるものになるのかはわからないというのが、デジタルヘルス企業が直面している問題です。この「データの問題」に気づいておらず、医師の診断や治療方針を無条件に信じている企業もたくさんあります。

 もちろんいきなり高性能なAIは作れないので、一段ずつ階段を昇っていくしかないのですが、そもそもデータを利用してアルゴリズムの構築・実装をしている会社がほとんどありません今後プログラム医療機器やSoftware as a Medical Device(SMD)で競争が激化すると、きちんと目的としている効果を達成できるかが勝負になります。いずれにしてもAIを使っているというだけでは差別化はできず、現在の解析方法や実装では足りないので、研究とビジネスを交差させた研究開発は必須になるといえます。日本の企業やTXPのようなヘルスケアスタートアップがどう生き残って成長していくかでも研究開発が重要になると思います。

ビジネスのセンスがある研究者の育成が重要

ヘルスケアビジネスでは今どのような課題があるのでしょうか?

津川:DTxに関しては一つの疾患でプロダクトが完成すると、他の疾患に横展開することがしばしば起こります。そうすると近い将来、複数の企業が同じ疾患に対するDTxを提供するという状況になります。そうなると高血圧の薬を複数の種類から医師が選ぶように、同じカテゴリー内で複数あるDTxからどれを選ぶかという競争になり、2〜3年後にはレッドオーシャンになると思います。これまでと同じようにスタートアップが開発を続けるのか、製薬会社が買収して今までの薬とあわせてDTxを一つの武器にするのか、医療機器メーカーがそれをやるのか、といったいろいろな動きが出てきます。それにあわせてドイツや米国ではDTxをどう交通整理するか検討をはじめています。日本でも今年の始めにプログラム医療機器のガイドラインに関する話し合いがありましたが、今までの薬や医薬機器と同じように数年に1度改定しますというスピード感では世界的な競争に乗り遅れるので、政策だけでなくアカデミアやビジネスとももっとコミュニケーションを取りながら臨機応変にやっていくことが必要だと思っています。

後藤:医療従事者側にもAIを使った研究やリサーチを実装したいという人はけっこういると思いますが、政策の壁にぶつかって断念することが多いと思います。医療従事者は制度を理解しなくても現場では問題はありませんし、研究もある程度ならできますが、これからはもう少し医療を取り巻く政策についても学ぶ機会や理解しようとする土壌を作る必要もあると考えています。なんとなくですが、医療従事者側はそこが人任せというか。

園生:患者のプラスになることが制度のせいで実現できないのであれば、仕組みの方がおかしいと考えるべきだと思います。どういう方法があるのかわかりませんが、そこを変えるためにバックアップしたいという気持ちはあります。

津川:厚労省や国の委員会でも、日本にはこの分野を専門とする研究者が不足していることが問題だと思います。米国の場合はしばしば第一線でバリバリ研究して論文を発表している大学教授がデジタルヘルス企業のアドバイザー(顧問)をやり、そういった人が研究(テクノロジー)とビジネスの両方を理解し、専門家として活躍しています。日本でもそういった人材をどんどん育てていく必要があると思っています。

園生:例えば予防医療の話で必ず出るのが医療費削減なのですが、心房細動のスクリーニングで脳梗塞を予防するコスト・ベネフィットと、患者全員にホルター心電図を付けてスクリーニングするコスト・ベネフィットのどちらがいいのか?こういった事例を定量化できる研究者が不足しています。社会にインパクトをもたらす研究ですし、やりたければビジネスにもできますし、とにかく自分のやりやすいポジショニングで力を発揮するのが大事だと思います。

津川:グローバルも、DTxを開発している企業の多くが医療費下がると主張するのですが、実はロバストなエビデンスがあるプロダクトは皆無です。英国などではDTxの価格設定に、どれくらいの医療費削減効果があるのかという情報が考慮されるようになってきているので、この領域できちんと結果を出せるDTxが勝つと思います。日本でも今後DTxの診療報酬点数を何点に設定するのかを決める時に、現在のHTAが薬でやっているような形で、DTxの医療費削減効果がどれくらいあるのか検証する必要が出てくると思います。

ビジネスとしてのヘルスケアではどのような動きがあるのでしょうか?

津川:ヘルスケア領域ではプラットフォーマーの覇権争いがすでに始まっています。ウェアラブルデバイスやアプリから収集できる医療以外の日常生活に関する様々なデータを、私は健康関連デジタルフットプリント(Health-related digital footprint)と呼んでいるのですが、これはあらゆる方法で集めてビジネスに活用されようとされています。

園生:ヘルスケアビジネスに興味がある人に一番知っておいてほしいのは、データも病院もほとんどのものは金で買えるということです。そうではないものを作るというマインドが無ければ、一瞬で買収かリプレイスされるしかないですし、中途半端なことをやっていては勝てません。私は自身で論文を書くより、優秀な研究者の方々が使えるデータを提供することに非常に喜びを感じていて、東大にいた時から、世界のどこにもないデータを作れたら研究者が自然に集まって、日本の役に立つエビデンスを出してくれるだろうという確信めいた思いがありました。そこで考えたのが急性期データを集めることでした。救急隊が雨の中を心臓マッサージしながら患者を運んでくるといったログデータを集めているのは今のところ世界中のどの企業も成功していません。これはお金を積んでも現場の理解がないと絶対に集められませんし、だからこそ意義のあるミッションだと思っています。

AI診断を人間に近付ける研究とアイデアが求められる

津川:園生さんと後藤さんにお伺いしたいのですが、救急外来の初診で1度診ただけで確定診断つけられる確率はどれくらいだと考えられますか?

後藤:難しい質問ですね。症状にもよりますが、ある程度は暫定的に病名を付けることはできても、最終診断と一致しているかと言われれば10%くらいだと思います。

園生:感覚的には60%は診断が下せると思いますが、診断行為はどこまでいってもファジーな確率論でしかないですし、データとして検証もされていませんよね。

津川:医師の診断は簡単な症例で55%、難しい症例では約6%しか正しくないという研究結果があります。既存のデータやAIを闇雲に使っても医療を良くすることはできず、やはりクリエイティビティが重要だと思います。私は研究もビジネスもアイデアが9割だと言っているのですが、日本の企業の中にはアイデアの重要性を過小評価してAIを使えば何でもできると思っているところもあると聞きます。何でもいいからとりあえずAIを使おうみたいな企業もあります。AIに関する方法論やデータを理解し、正しい問いをきちんと立てて、社会に存在している問題をAIを用いて解決する研究ができる人を育てる必要があります。

園生:研究は利用する人にとって意義あるものでなければいけないという視点が非常に重要だと思っています救急外来は唯一AI診断が役立つと思っていますが、診断確率を高めるというより人間が誰しも持つ思い込みから逃れるための手助けにするのが目的です。デジタルツールで患者の状態をリアルタイムにデータ化したり、真の診断データを集めたり、医師の診断行為を大幅に越えようとする取り組みはまだあまり無いので、開拓が必要だと思っています。

後藤:研究は電子カルテから過去のデータを集めれば簡単にできると思われているかもしれませんが、データをいくら集めたところで情報の欠落が大きいのでAI診断につながるアルゴリズムを組むことはできません。最近は既存のデータにパッケージを当てはめて機械学習して終わりという研究が乱造されていますが、医学知識に基づいた問いの立て方を踏まえた上で必要なデータを量も含めて集められるシステムを作り、現場にも影響を与えるところまで絵を書ける人たちがチームを組まなければ実現できないと思っています。

会場からの質問です「製薬企業がこれから求められる役割とは?」

園生:私たちも最近製薬会社向けにビジネスを始めましたが、本質的には医療の未来を良くするパートナーであり、お互いに言いたいことを話して関係性を開示していけば協力できる部分は多々あると考えています。弊社はデータを集めて提供するシステムを開発する企業なので、利益相反せず関係できる研究者や医師もたくさんいらっしゃると思うので、有機的な連携ができればいいと思っています。

津川:製薬会社とテクノロジー企業が組んで医療以外のデータを使うようになるという話をしましたが、個人的にはGAFAMが医療に破壊的イノベーションを起こすより、医療のことをわかっているヘルスケア企業、保険会社、製薬会社、医療機器メーカーなどが、医療外のデータも使ってヘルスケアを包括してより良くする方が、患者のこともきちんと理解した形になると思っています。これに関して研究者としてできることあればいつでもお手伝いしたいと思っています。

ー貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。また機会があれば今後もこのようなイベントを開催したいと考えていますので、引き続きよろしくお願いします。

参考

津川友介氏のブログ「医療政策学×医療経済学」
https://healthpolicyhealthecon.com/

「世界一わかりやすい「医療政策」の教科書」津川 友介/著 医学書院
https://www.igaku-shoin.co.jp/book/detail/89077

「『原因と結果』の経済学」中室 牧子 著/津川 友介 著 ダイヤモンド社
https://www.diamond.co.jp/book/9784478039472.html