入院患者の容体が急変する前兆を早期に捉え、心停止する前に介入するシステム「RRS=Rapid Response System(院内迅速対応システム)」は、院内救急対応システムとも呼ばれ、導入する施設が日本でも増えつつあります。RRSの第一人者として国内での啓蒙活動を早くから進めてきた聖マリアンナ医科大学の内藤貴基先生に、RRSを取り巻く国内外の動きと、ご自身の医療の質の改善に向けた取り組みについてお話を伺いました。

Interview:内藤 貴基

聖マリアンナ医科大学 医学部医学科 救急医学 助教。同大学横浜市西部病院 救命救急センター 医員/大学病院救命救急センター 医長。専門分野は救急集中治療と医療の質改善。2007年新潟大学医学部卒、日本救急医学会 救急専門医、日本集中治療医学会 集中治療専門医、日本内科学会 認定内科医、Fundamental Critical Care Supportインストラクター。

急変の前兆を捉え早期介入する標準システムとして世界に広がる

―RRSの取り組みはいつ頃から始まったのでしょうか?
 RRSの起源については諸説ありますが、1989年頃に米国ピッツバーグの病院に勤務する外科部長が、入院していた奥さんの急変に現場のレジデントが適切に対応できなかった時に、集中治療担当の部長に直接連絡して診てもらった経験から、入院患者の病状が悪化した時に専門医へ直接アクセスできるようにするシステムが必要だと考えたのが始まりだと言われています。それから米国とオーストラリアの優秀な医師によって世界に広められ、2005年に米国医療改善研究所(Institute for Healthcare Improvement:IHI)が推進した医療安全キャンペーン「100,000 Lives Campaign」でRRSの導入が推奨され、医療の質が向上したことでさらに世界へと広まりました。
 日本では2008年に立ち上げられた医療安全全国共同行動を中心とした医療安全ムーブメントの柱の一つとしてRRSが推奨されたのをきっかけに認知されはじめました。とはいえ、そこからすぐに広まったわけではなく、私自身がRRSに取り組みはじめたのは2010年頃でしたが、救急や集中治療の学会での演題発表はほぼゼロでしたし、心停止で起動する“コードブルー”がドラマで話題になっていたため混同とまでは言いませんが、似たような意味合いで使われることが多くありました。今では集中治療医学会などでRRSに関連する演題が毎回20から30ほどあり、会場が満員になるほど関心は高まっています。


RRSの勉強会で講師をする内藤先生(Facebookより)

―RRSについてもう少し詳しく教えてください。
 RRSは、多くの「急変」には前兆があるという点に着目した院内対応システムであり、「患者に対する有害事象を軽減することを目的とし、迅速な対応を要するバイタルサインの重大な増悪を含む急激な病態変化を覚知して対応するために策定された介入手段」と定義されています。院内心停止(IHCA=In-Hospital Cardiac Arrest)が発生した場合、蘇生処置により一命をとりとめたとしても社会復帰できるのは約15%だとされており、予後不良に陥らないようにするには、入院患者が急変する前兆をいち早く捉え、早期に介入するRRSの導入が推奨されています。具体的には病棟からの起動に応じて担当する医師が迅速に(15分以内が望ましい)現場に急行し、患者の評価と初期対応を行い、患者の安定化と管理に必要なスキルを備えたスタッフと資機材が提供できる環境を整えます。その結果としてさらなる悪化や院内心停止を防ぎます。

急変の前兆を捉えて早期介入することが予後の改善につながる。

 RRSの対応はチーム構成と活動の仕方により、MET(Medical Emergency Team)、RRT(Rapid Response Team)、CCOT(Critical Care Outreach Team)に大別されます。また、2006年にRRSのコンセンサスを検討する最初の国際会議が開催され、以下の4要素で成立させるものであると認識されています。

1:患者の急変を発見しチームを起動する「起動要素」
2:対応チームや専門家との連携で問題解決をはかる「対応要素」
3:中央でシステム全体を管理する「指揮調整要素」
4:集めたデータを分析して質を改善する「システム改善要素」

RRSの4要素

 RRSは国際的には、患者の安全を守り、医療の質を高めるために必要な標準システムであると認識されています。比較的早く導入してきた英国やオランダ、北欧では、RRSが必須のシステムとして位置づけられています。日本でも国民が安全で安心な医療が受けられるために設けられた「病院機能評価」の中で、必要なシステムの一つとされていますが、導入が必須なのは高い水準で医療を行う大学病院や高度医療施設だけなので、世界から見るとまだ日本はRRSの導入は遅れていると言わざるを得ないところがあります。

ー日本はなぜRRSの導入が遅れているのでしょうか?
 理由はいくつか考えられます。私が研修医になる少し前の時代は、当直している時間帯に人を死なせないことに重きが置かれていたことから、患者の心停止で起動されるコードブルーはすでに標準システムとして導入されていました。ですが、心停止の前に患者の急変を捉えて起動するRRSは、主治医制が強い日本では、医師側にも患者側にも、他の医師に診てもらうことへの抵抗があり、なかなか受け入れられにくいところがあります。RRSで対応する専門医にしても、日本の医療教育システムは科を選んで学ぶのが基本なので、狭間の疾患を診る科や医者が少ないですし、大前提として医者の数が少ないので、欧米のような医師の数が潤沢な環境とは状況が違うというのもあるでしょう。
 また、RRSは医療の安全と質を向上するものとして導入されますが、それらに対する診療報酬などのインセンティブは少なく、より良い医療を提供するために病院がお金と人員をさいている、よくいえば崇高なモチベーションにのみ支えられているところがあります。そういう点では全国の病院に一律して導入するのは難しいというのは理解できるところもありますが、それでも高い機能を持つ病院では必須にすべきだと考えています。

―RRSを教える仕組みはないのでしょうか
 医学教育に医療安全分野はありますが、RRSは入っていません。またRRSのように医療の質改善に関しても現場で学ぶ機会がとても限られています。米国の専門医制度には医療の質の改善に取り組むことが必須条件に含まれており、循環器医であれば心不全の再入院率を減らしたり、内服薬を減らしたり、医師がプロジェクトを立ち上げたりします。ちなみに日本でも、医療の質を改善しようという取り組みについては、聖路加病院が院内の医療の質を改善する取り組みを支援するQI(Quality Improvement)部門を立ち上げて関連書を出版していますし、国立病院の団体組織である国立病院機構も同じような活動をしています。
 また、私自身は以前から医療の質の改善に興味があり、医療の質を改善する専門医を育てる「明日の医療の質向上をリードする医師養成プログラム=ASUISHI(あすいし)」*1)という人財育成プロジェクトの第一期生に参加しています。いずれにしても医療の質を改善するという取り組みは、ある程度ベテランになった先生が自分の領域から少し離れて取り組む場合が多いので、もっと若手の頃から関わる機会が増えればいいと思っています。

*1) トヨタの”カイゼン”をメソッドにした、安全と質向上にフォーカスし、明日の医療界のリーダーとなる人材を養成するプログラムで、文部科学省の補助事業として2015年から名古屋大学医学部とトヨタ自動車が連携して実施している。

日本人に適したRRSスコアリングの研究を行う

―RRSの導入が進まないのは病院側の負担が大きいのも理由にあるのでしょうか?
 そこはまさしく医療をデジタル化するDX(デジタルトランスフォーメーション)で解決できるチャンスがあると思っています。RRSには血圧が90を切ったら起動するといように基準となるスコアリングがあり、現在は英国で開発された「早期警告スコア(National Early Warning Score=NEWS)」が標準的なスコアリングとして広く用いられています。基準になるバイタルや点数付けをどうすれば精度高く早期発見ができるかというスコアリングの研究は論文でもたくさん検討されており、私もそのスコアリングについて研究しています。主眼としているのは日本のレジストリを用いて人種と体格などを含む特徴量を機械学習で解析し、日本人に適した精度の高いプレシジョン・メディシンのようなスコアリングシステムの開発を目指しており、そのためにこの5月から2年間、米国に留学して研究を行います。
 スコアリングに関しては、将来的に電子カルテやウェアラブルデバイスなどと連動させて効果的に起動することも可能になると言われています。マンパワーを補いながら医師としてのあるべき姿を考える、本当の意味で医療の質を高めるにもITは不可欠ですし、日本の医療全体が新しい技術を実装する方向に進んでほしいと考えています。

―救急医にとってRRSを学ぶことは必須でしょうか?
 当然ながら必須だと言いたいところですが、一概にそうとは言いきれないところがあります。RRSは入院患者が悪化した場合に対応するシステムなので集中治療医がいる場合はそちらで対応し、いない場合に救急医や内科医などが対応します。RRSは絶対的な形があるものではないので、各病院の実情に合わせてRRSを担う部署やシステムにバリエーションがあってよいと思います。私は集中治療を専門にしていますが、広く重症患者に対応することに長けている集中治療医はRRSに適していると思います。しかし当院のように科を問わず重症患者を専門に診る集中治療科は増えつつありますがまだ十分浸透していませんし、論文でも集中治療医が対応する方がいいか、普段から患者を診ている医者が担当した方がいいか、決定的な答えは出ていません。
 例えが難しいのですが、自動車のエアバックはシートベルトを付けなければ事故の時に命を守るどころか逆に失うことになります。つまり、どんなに良いシステムでも正しく使わなければ求める効果が得られず、RRSもきちんと取り組めなければ無駄な仕事が増えるだけか形骸化して終わります。私は救急と集中治療は分けて考えた方がいいと思っていますが、日本は集中治療を専門とする医者は少ないですし、救急医がICUを診ることが多いので、セーフティーネットの役割を果たすものとして救急医もRRSを知っておいた方がいいと考えています。

―RRSを勉強するにはどのような方法がありますか?
 英語の教科書を日本語化したパンフレットなどがありますし、この5、6年はRRSセミナーや講演を開いたり、研究会を立ち上げるなど、全国の仲間と一緒に啓蒙活動に力を入れてきました。今はコロナの影響で止まっていますが、当院をはじめRRSに力を入れている北里大学や千葉大学などでは見学も受け入れています。また、日本集中治療医学会と日本臨床救急医学会を中心とした関連学会で「日本院内救急検討委員会=IHECJ」を立ち上げ、RRSを紹介する動画などをホームページで公開していますので、そこから資料を検索することもできます。

IHECJのホームページ

―最後にメッセージをお願いします。
 医療の現場に関わる人たちはコロナで大変な思いをした経験を今後に活かすため、RRSを含めて今までなかなか取り入れようとされなかった医療の質の向上やDXにもっと目を向けてほしいと思っています。医療の精度を高めるために新しいテクノロジーを取り入れようとすると、これまで持っていたスキルが失われる“de skilling”を理由に反対する声が必ず出ますが、テクノロジーは長所と短所を理解して効果的に用いればそうした問題は減らせますし、よく言われる”人 vs AI”ではなく”人+AI”として考えるのが大事なのです。特にITリテラシーは医者だけでなく全ての人が身に付けるべきですし、日本の未来を成長させるためには不可欠なので、もっと多くの人が活用してくれるようになることを期待しています。

―貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。

参考

日本院内救急検討委員会=IHCHA
https://www.ihecj.jp/

明日の医療の質向上をリードする医師養成プログラム=ASUISHI(あすいし)
http://www.iryoanzen.med.nagoya-u.ac.jp/asuishi/