寄稿:大沢 樹輝

東京大学医学部附属病院救急集中治療部 後期研修医。
平成31年東京大学医学部卒業。JR東京総合病院、東京大学医学部附属病院にて初期研修。
臨床業務の傍ら、個々人における治療介入効果の異質性を元にした適切な治療介入群の選定を通した医療の質の向上を追求すべく、急性期医療および公衆衛生領域の研究に従事している。
研究成果は https://scholar.google.com/citations?user=RVbeRTYAAAAJ&hl=en

はじめに

TXP Researchでは救急外来データシステムNEXT Stage ER(NSER)を利用したデータベースを用いて研究開発や臨床研究を行っています。今回はThe American Journal of Emergency Medicine誌から出版された、救急外来を受診した降圧薬内服者においてqSOFAとNEWSの敗血症予測性能を検討した論文を紹介します。

筆者コメント(大沢)

敗血症をいち早く疑うためのスクリーニングツールとしてqSOFAやNEWSは有名ですが、これらが特定の患者層に対して既存の報告と同程度の予測性能を担保するどうかについての検討はほとんどなされてきませんでした。忙しい救急外来でも、簡便かつ解釈可能な形で重症度や緊急度を評価できるようなスコアリングシステムは貴重ですが、いわゆる機械学習モデルとは異なり限られたパラメータしか用いることができませんし、個々の患者に応じた正確なリスク評価には限界がある可能性があります。本研究に留まらず、臨床医が簡便かつ解釈可能な形で細分化された患者背景を考慮できる手法を開発し、ひいてはPrecision medicineの実践へ繋げられるような研究を継続していきたいと考えています。

論文概要

論文概要

Osawa I, Sonoo T, Soeno S et al. Clinical performance of early warning scoring systems for identifying sepsis among anti-hypertensive agent users. Am J Emerg Med. 2021;48:120-127.

本研究の背景

敗血症は致死的な病態であり、救命のためには早急に敗血症の病態の関与を疑い、速やかな治療介入を行うことが重要である[1]。qSOFAやNEWSは敗血症のリスクを評価するために用いられるバイタルサインを利用したスコアリングシステムであるが[2,3]、特定の患者層に対しても既知の同程度の予測性能が担保されるかどうかについての研究は今までほとんどなされてこなかった[4]。高血圧に対して降圧薬を常用している患者においては服薬の影響でバイタルサインが変動することを鑑み、本研究では救急外来受診の20%を占めるとも考えられる降圧薬内服患者に対してqSOFAとNEWSの敗血症予測性能を評価することを試みた。

対象と方法

2018年4月1日から2020年3月31日の期間に日立総合病院に救急搬送され、救急医が初療に当たった18歳以上の成人患者のうち、外傷・心停止症例、入院せず他院へ転送となった症例、またバイタルサインの大部分が欠損していた症例を除いた8983例を解析対象とした。このうち感染の関与が疑われた症例2900例を同定した。感染の関与が疑われた症例は、主訴が発熱である症例、来院時体温が37.5度を超えていた症例、救急医が感染症の関与を疑った症例のいずれかを満たすものと定義した。まず2900例のうち降圧薬を常用していた896例を同定し、降圧薬の常用のなかった2004例と患者背景因子の比較を行った。降圧薬服用群のうち敗血症と診断された症例、ICU入室した症例、院内死亡症例はそれぞれ117名、393名、56名であった。敗血症の診断はRheeらが提唱したThe sepsis clinical surveillance definitionを改変した独自の定義を用いた。これらは後ろ向き研究においてSepsis-3 criteriaに準じた敗血症の同定を行うために広く用いられている定義である[5,6]。来院後初回に計測されたバイタルサインを用いて、qSOFAおよびNEWSスコアの値を算出し、敗血症の診断、ICU入室、院内死亡をそれぞれアウトカムとした予測を行い、降圧薬服用群と降圧薬非服用群との間でAUROC、感度、特異度の3つの観点から予測性能の評価を行った。データは全てNext Stage ERを通して取得した。

結果と考察

Sepsis-3 criteriaで敗血症を疑う閾値とされるqSOFA ≥2 での検討では、降圧薬非服用群と比較し、降圧薬服用群で感度および特異度が共に低い傾向にあった(感度: 0.43 vs. 0.51; 特異度: 0.77 vs. 0.82)。qSOFAおよびNEWS共に敗血症の診断をアウトカムとした場合の予測性能は、統計学的有意ではないものの、降圧薬服用群で低い傾向にあった(c-statistics of qSOFA: 0.66 vs. 0.71, P =0.07; c-statistics of NEWS: 0.72 vs. 0.76, P =0.15)。ICU入室、院内死亡をそれぞれアウトカムとした場合の予測性能は、有意に降圧薬服用群で低い傾向にあった([例] c-statistics of qSOFA for ICU admission: 0.70 vs. 0.75, P =0.01; c-statistics of NEWS for ICU admission: 0.74 vs. 0.80, P <0.01)。降圧薬の内服の有無およびアウトカムに関わらず、全体を通してNEWSの方がqSOFAよりも高い予測性能を示した。降圧薬服用群で予測性能が低くなった原因としては、①長期の高血圧患者では臓器への血流還流の自動調節機能が破綻しており、ベースの高めの血圧からqSOFAやNEWSでスコアリングされない程の軽度の血圧低下で臓器障害を来たし敗血症の診断に至ったため[7] ②降圧薬が著効しすぎた影響で敗血症以外の原因で血圧低下が容易に起こり偽陰性を示したため、といった可能性が考えられる。

左から”敗血症の診断”, ”ICU入室”, ”院内死亡”をそれぞれアウトカムとした予測性能を示したROC曲線を示す。
赤: 降圧薬服用者に対するqSOFAの予測能 緑: 降圧薬非服用者に対するqSOFAの予測能
青: 降圧薬服用者に対するNEWSの予測能  紫: 降圧薬非服用者に対するNEWSの予測能 をそれぞれ表す。

今後の展望

高い致死率を持つ敗血症に対しては、偽陰性を恐れることなくオーバートリアージ気味に診療に当たることが大切である。ただ今回の研究で示されたように、特に高血圧という慢性的な併存疾患やそれに対する降圧薬の服薬という効果修飾によってqSOFAやNEWSの予測性能が低下する可能性を考慮すると、一時点におけるスコアリング結果を鵜呑みにすることなく、経時的なバイタル変化を注視し総合的に敗血症の可能性を判断することが大切である。敗血症を少しでも疑う場合は複数回qSOFAやNEWSのスコアリングを繰り返すことが重要とされるが、経時的なバイタル変化を考慮することで、簡便でより正確な敗血症予測が可能なスコアリングシステムを考案できる可能性がある。

参考文献

  1. C.W. Seymour, F. Gesten, H.C. Prescott, et al. Time to treatment and mortality during mandated emergency care for Sepsis. N Engl J Med. 2017;376(23):2235–2244.
  2. Y. Freund, N. Lemachatti, E. Krastinova, et al. Prognostic accuracy of Sepsis-3 criteria for in-hospital mortality among patients with suspected infection presenting to the emergency department. JAMA. 2017;317(3):301–308.
  3. Royal College of Physicians National Early Warning Score (NEWS) 2: Standardising the Assessment of Acute-Illness Severity in the NHS. Updated report of a working party. London: RCP; 2017.
  4. B. de Groot, F. Stolwijk, M. Warmerdam, et al. The most commonly used disease severity scores are inappropriate for risk stratification of older emergency department sepsis patients: an observational multi-centre study. Scand J Trauma Resusc Emerg Med. 2017;25(1):91.
  5. C. Rhee, S. Kadri, S.S. Huang, et al. Objective Sepsis surveillance using electronic clinical data. Infect Control Hosp Epidemiol. 2016;37(2):163–171.
  6. R.J. Delahanty, J. Alvarez, L.M. Flynn, et al. Development and evaluation of a machine learning model for the early identification of patients at risk for Sepsis. Ann Emerg Med. 2019;73(4):334–344.
  7. R. Bellomo, D.D. Giantomasso Noradrenaline and the kidney: friends or foes? Crit Care. 2001;5(6):294–298.