大阪急性期・総合医療センターの岡田直己先生は、臨床業務と同時に救急医療の現場を支援する医療画像AIの開発に取り組んでおられます。救急CT診断の重症度評価装置開発のため昨年起業し、内閣官房が推進するCOVID-19対策AIプロジェクトにも従事されています。現在、具体的にどのような研究開発を進められているのか、起業された経緯とあわせてお話を伺いました。

Interview:岡田 直己

大阪急性期・総合医療センター 高度救命救急センター勤務。東京大学理科I類中退、慶應義塾大学医学部卒業。静岡済生会総合病院での初期研修を経て2019年より現職。同年、第1期AIフロンティアプログラムにおいて、経済産業省「AIフロンティアパスファインダー(救命)」に認定。2020年度未踏アドバンスト事業イノベータに選出。日本救急医学会AI研究活性化特別委員会最年少委員。2020年6月株式会社fcuro設立。

救急現場をAIでサポートしたい

-現役の救急医として働きながらAIの開発をしようと思われた理由を教えてください。
 救急現場には毎日重症の患者さんが搬送されます。そのような患者さんは、意識がなく訴えがわからなかったり、診断に急を要するため、CTを撮影する機会が多くあります。日本では中小規模の病院やクリニックでもCTが導入されており、あらゆる救急の場面でCT画像を診断する機会があります。
 撮影したCT画像の枚数は、全身だと一人当たり少なくとも数百枚あり、骨折や出血など病変ごとに最適な輝度に調整して、1枚ずつ目視で確認しなければいけません。そのため診断にとても長い時間がかかり、集中力も必要とされます。診断中に患者の命が途絶えてしまうことや、急ぐあまり重要疾患を見逃すこともあります。例えば重症外傷の場合、救命のタイムリミットが病院到着から僅かなので、救命が間に合うように全身CTから損傷を隈なく拾い上げることは至難の業です。私自身も「画像をもっと早く読めれば助かったのではないか?」と感じる場面が多くありました。こうした現状をAI技術で解決し、少しでも多くの命を救いたいという思いから研究を始めました。
 現在開発しているAIシステムはCT診断に必要な時間を短縮し、見落としを減らすことを目標としています。

-医師自身がAIの開発に取り組むのはハードルが高いとは思われなかったのでしょうか?
 私はもともと数理系の学部におり、人工知能の授業も受けていました。そのあと医学部に入り直して医学の道に進みましたが、研修医として働く頃には医療業界でもAIが注目されるようになり、再び興味を持ちはじめました。最初は一人で勉強していたのですが、中高の同級生で当時ソニーでAI研究開発のエンジニアをしていた井上周祐に協力してもらい、頭部CTの出血を特定するAIを実験的に開発しました。
 この研究活動をアカデミックなレベルから現場に役立つまで持っていきたいと思うようになり、NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構) が新しく開始した「第1期AIフロンティアプログラム」に応募しました。本プログラムは18〜28歳を対象にAI技術などを活用した新しいアプリケーションを創出する人材の育成を目的としており、私は「救急外傷診療における『損傷臓器評価装置』の検証」という研究テーマで、4名の育成対象者の一人に選ばれました。そして、育成対象者の中でも特に優れた能力を有し、リーダーシップと突破力を兼ね備えた人材に与えられる、“AIフロンティアパスファインダー(救命)”の称号を授与され、国を代表するAI研究者として認められました。
 2020年度には、IPAが実施している未踏事業*1)の1つである「未踏アドバンスト事業」に採択され、PM(プロジェクトマネージャー)である東京大学の原田達也教授のもとで、「救急外傷全身CT診断における『重症度評価装置』の開発」を行いました。以前から開発を手伝ってもらっていた井上と一緒に寝食を忘れて開発に取り組み、このシステムを社会実装するために株式会社fcuroを2020年6月に創業しました。

岐阜にある元おもちゃ博物館のサテライトオフィスに井上と2人で寝袋を持ち込み、寝食を忘れて開発に取り組んだ。

*1)未踏事業: ITを駆使してイノベーションを創出できる独創的なアイデアと技術を有し、活用する優れた能力を持つ突出した人材を発掘・育成することを目的とした事業。経済産業省所管である独立行政法人情報処理推進機構の主催で2000年から実施されている。
https://www.ipa.go.jp/jinzai/mitou/portal_index.html

 会社は私が代表取締役CEOを務め、井上はソニーを退職して取締役CTOとしてフルコミットしてくれています。社名の「fcuro」は“フクロウ”と読みますが、AIフロンティアパスファインダーのフロンティアから「f」をとり、ラテン語で治すという意味の「curo」とあわせて「fcuro」と名付けました。

代表取締役CEOの岡田先生(左)と取締役CTOの井上氏は中学高校からの同級生という関係にある

現在取り組んでいる3つの事業

-現在取り組まれている3つの事業について教えてください。

1)救急外傷全身CT診断における「重症度評価装置」の開発
 1つ目は外傷診療で必要な全身CTの診断をAIで補助する「重症度評価装置」の開発です。CT画像をスライドして見る際に、1枚ずつ正常か異常かを判断して通知するソフトウェアを開発しました。特許の関係でまだ公開できませんが、医師が集中して読むべき部位をはっきりさせることで診断が早くなり、見落としも減らせるツールとなっています。
 大阪急性期・総合医療センターに集められた外傷全身CT画像データを、頭部、胸部、腹部、骨盤部といった部分ごとに切り出して学習させたAIモデルを作成しており、胸部と骨盤部は完成しています。1枚のスライスにわずかな骨盤骨折が写っているだけでも50msほどで検知し、精度は92〜3%まで出ているので、補助ツールとして使えるレベルになっていると考えています。先のソフトウェアを用いて、製品化を目指した実証実験を国内の複数施設で行うことを予定しています
https://www.jaam.jp/info/2020/info-20200120_2b.html

外傷診療のワークフローを既存の場合とAI支援下で比較した図
重症度評価装置の全体構成

2)感染の早期検知 胸部CT検査を用いた診断補助AIモデル開発のためのデータ整備・解析(内閣官房COVID-19対策 AIプロジェクト)
 2つ目は内閣官房COVID-19対策 AIプロジェクトとして取り組んでいる、COVID-19の胸部CT診断を補助するAIモデルの開発です。日本救急医学会の推薦研究にも選定されており、1つ目で紹介した「重症度評価装置」の開発で作成したアルゴリズムを応用し、いち早く実装することを目指しています。全国の救命センターに協力いただき、幸いなことにデータも十分に集まっています。現在、最優先事業として全力で取り組んでおり、公的な研究として結果は誰もが使える形で広く公開する予定です。画像診断を手伝ってくれる先生や、解析する作業を手伝ってくれる先生、エンジニアの方を募集しています。
https://www.covid19-ai.jp/ja-jp/organization/ogmc/articles/article001

内閣官房COVID-19対策 AIプロジェクトの概要

3)画像診断AI開発に必要な診断レポート作成支援装置の開発(NEDO NEP事業)
 3つ目は前述した2つの事業に関連する、画像診断AI開発そのものを支援する技術の開発です。画像診断AIの開発では、AIを学習させるデータセットを作成するために、画像診断レポートをもとにしたアノテーションと呼ばれる作業が重要になります。レポートの表記は医師によって異なるのでそのままAIに学習させるのは困難です。そこで自然言語処理と辞書の技術を応用してレポートを正規化し、スムーズにAIを学習させることができるソフトウェアを開発しています。
 これまでのAIを研究開発してきた経験を生かし、現場の先生方が簡単に自分でAIを開発できるようなシステムを目指しています。NEDOが実施する研究開発型スタートアップ支援事業(NEP=NEDO Entrepreneurs Program)として採択され、現場の意見を反映させながら実用化を目指しています。

AIの開発に必要な画像診断レポートの課題

-会社での事業に加えて救急医としても働いているわけですが、仕事のバランスはどうされていますか?
 昨年度よりCOVID-19の感染が拡大してからは臨床の最前線で働いてきました。COVID-19対策に関する研究をしていることから診療現場より大きな支援をいただいており、少しずつ研究開発にも力を入れたいと考えています。いずれにしても現場の勘は失ってはいけないと思っているので、どちらの仕事もきっちりとやっていきたいです。
 それ以外にも、出身の静岡済生会総合病院のつながりで浜松医大の学生ゼミを担当したり、学部生や医師向けにレクチャーをしたりすることもあります。起業してからは、企業の方から医療業界へのシステム導入に向けた相談やディスカッションを依頼されることもあり、また、医療業界への理解を少しでも広げようと、エンジニア向けに救急医療の話をするといった活動もしています。

開発と事業を手伝うスタッフを募集中

-起業されてから現時点で最も課題としていることはなんでしょうか?
 事業と開発の両方を手伝ってくれる仲間を必要としています。例えば、学習用データを病院から集めたり、AIモデルを開発したり、開発したシステムを病院と連携したり、やることは多岐にわたります。開発自体の作業量もデータ収集に伴って増えており手が足りていません。
 社長室のインターン、AI研究、救急医療に興味がある学生や研修医を募集しています。工学系やエンジニアのスキルがある方、ベンチャーの立ち上げに興味がある方も是非仲間になって欲しいです。実際にCTOの井上はエンジニア出身ですが、私とお互いの専門分野を教え合う間に医療方面にも詳しくなり、CT画像も読めますし診療ワークフローも理解しています。大事なのは事業に興味を持ち「共感」して取り組んでもらうことなので、手伝ってくれる方は先の条件に当てはまらなくても大歓迎です。

-画像診断AIは内視鏡などでも開発が進んでいます。今後、AIは医療をどのように変えていくと思われますか?
 医療関係者の間でもAIを勉強する人は増えていますが、ブラックボックスなので使うのは不安だという声がまだまだあります。自分のいる救急現場から、少しずつ理解して使ってみようと思ってもらえるように、現場からの提案を丁寧に拾いながら実装を進めていきたいと考えています。
 将来の話として、個人的には、現在の医療現場は可視化された身体情報に溢れており、それを処理する必要があまりに多く、医師の感覚を生かした診療が行いづらくなっているように感じています。AIをはじめ技術の力でこれらを少しでも整理することで、人間にしかない現場感覚が存分に活かされるような診療を実現していきたいと考えています。

-AIに関する取り組みから起業まで、貴重なお話をありがとうございました。

参考

株式会社fcuro
https://fcuro.sakura.ne.jp/wp/

スタッフ募集
https://fcuro.sakura.ne.jp/wp/recruit/

【2020年度未踏アドバンスト/No.7】救急外傷全身CT診断における「重症度評価装置」の開発(動画)
https://youtu.be/jALHmYUz4mE

エンジニアの井上さんのnote(ブログ)
ソニーを退職して医療分野で起業、未踏エンジニアになるまでの記録