The Prince Charles Hospital, Critical Care Research Group所属。救急科専門医、航空認定指導医、統括DMAT登録者
東京慈恵医科大学卒業。済生会宇都宮病院で初期研修、前橋赤十字病院、高度救命救急センター集中治療科救急科で後期研修を行い、救急外来、ICU管理、ドクターヘリ・カーなどのプレホスピタルケア、災害医療に従事。2020年よりオーストラリアに留学し、複数の多施設研究と基礎研究に取り組んでいる。
はじめに
現在、世界はいまだ新型コロナウイルスによるパンデミックの中にいます。メディアでは連日、医療崩壊が叫ばれる中で集中治療室(ICU)に入室する新型コロナウイルスによる重症患者(以下COVID-19患者)に対する医療の質は保たれているのでしょうか。今回はCritical Care Explorations誌から出版されたEvidence-based ICU Care (患者の治療成績を向上するために必要なICUで行うケア)に関する論文の紹介です。
筆者コメント(劉)
命を救うのは医療の目的ですが、命を助けるだけが医療の本質ではありません。患者には、それぞれが歩んできた人生があり、そこに還るためにあらゆる犠牲を払っています。しかし、近年、ICUに入室するような重症患者はICU退室後も入院の原因となった疾患(例えば肺炎など、、、)とは全く関係のない機能障害で苦しんでいることがわかりました。これを集中治療後症候群(Post Intensive Care Syndrome:以下PICS)と呼びます。PICSは、身体機能障害・認知機能障害・身体機能障害から成り、患者の病院退院後のADL、QOLを著しく落とし元の生活を行える人はICU患者の半分にも及びません。このPICSの克服を目指すために、ICUに滞在している間に、様々なEvidence-based ICU Care (以下ICUケア)が提唱されています。我々は日本全国のICUでこのICUケアを普及させ、医療の質を向上することに取り組んでいますが、この新型コロナウイルスによるパンデミックはICUの形を大きく変えてしまいました。
論文概要
ABCDEF bundle and supportive intensive care unit practices for patients with COVID-19 infection: An international point prevalence study ~The ISIIC Study~
Liu K, Nakamura K, Katsukawa H, et al.
Critical Care Explorations. 2021;3(3):e0353
https://journals.lww.com/ccejournal/Fulltext/2021/03000/ABCDEF_Bundle_and_Supportive_ICU_Practices_for.12.aspx
本研究の目的
ICUケアはPICSを克服するために重要な要素として各ガイドラインで推奨され、その導入が進められていた。しかし、新型コロナウイルスパンデミックは、ICUのあり方を大きく変えてしまった。ICUのキャパシティを大きく超える患者数の増加、院内での人員不足、厳格な感染管理など今まで行われていたICUケアが、このCOVID-19患者に行われているかは不明であった。そこで、COVID-19患者に対する医療の質を改善するために必要な一手を考えるために、COVID-19患者が受けているICUケアの実情を明らかにすることを目的とした。本研究ではICUケアの中でも最も効果の大きいものとして推奨されているABCDEFバンドル[1]や栄養療法[2]などについて特に調査を行うこととした。
対象と方法
本研究はTwo-day point prevalence studyという一定間隔を開けた二日間(6月3日と7月1日)で、登録施設の代表者を対象に行う国際アンケート調査である。日本集中治療医学会PICS対策・生活の質改善検討委員会で主導し、ESICM(ヨーロッパ集中治療医学会)、WFICC(世界集中治療医学会)、ISCCM(インド集中治療医学会)など各学会とFacebook/Twitter/HPなどを介した広報を行うことで参加施設をリクルートした。参加施設の代表者氏名、病院名とICU名を登録することで情報源の質を担保した。登録施設代表者の方にはアンケート調査日の前に事前アンケート「病院/ICUの基本情報アンケート」に回答をしてもらい、この事前アンケートに回答してくれた施設にだけ、固有の「施設登録番号」を発行した。各施設代表者はこの施設固有の施設登録番号を使用することで、本アンケート調査「ICUケアについてのアンケート」に回答できるシステムとした。「ICUケアについてのアンケート」は、アンケート調査日(6月3と7月1日)に、参加登録施設のICU入室しているCOVID-19患者一人一人に行っているICUケアの内容を調査した。(つまり、ICUに3人COVID-19患者がいた場合、3人に対するそれぞれのICUケアの情報を取得)これらの施設登録やアンケートなどは全てGoogle Formを用いて作成したアンケートを使用した。
結果と考察
世界全体で212施設が登録し、2日間の調査日をあわせて合計212名のCOVID-19患者に対するICUケアの情報が集まった。各ICUケアの実施率は以下のとおりである。
(1)ABCDEFバンドルの実施率について

ICU患者のアウトカムを向上するためにICUケアの中で必要不可欠と言われているABCDEFバンドルではあるが、その実施率は過去の文献と比べて軒並み低い結果であることがわかった。特に、人工呼吸器患者に対するリハビリテーションや、ICUケアへの家族の参加はCOVID-19パンデミックの中では全く行えていないことが明らかとなった。
(2)栄養療法、ICU日記の実施率について
COVID-19患者の99%が何らかの栄養療法を受けていたが、カロリーと蛋白が十分投与されているわけではないことがわかった。1500kcal/kgの十分なカロリー投与は46%と半分以下であり、また現在ガイドラインで推奨されている1.2g/kgの蛋白投与も40%の患者しか達成できていなかった。患者のICU退室後の精神症状に影響を及ぼすとされるICU日記の実施率は25%であった。
考察
Evidence-basedなICUケアはCOVID-19患者に対して実施率が低く、ICUに入室するCOVID-19患者のADL、QOLに直結する問題となりえる。本論文の中では各ICUにおけるプロトコールの導入およびCOVID-19専用ベッド数の調整がこれらのICUケア実施につながる可能性を示した。しかしCOVID-19の影響は各国、各地域で様々である。現在の実情を顧みつつ、次につながる策を常に考えることが必要である。
今後の展望
本研究はCOVID-19患者だけを対象にしているため、その他のICU患者と比べてCOVID-19患者のICUケア実施率が特に悪いのか、それともICU患者すべてのICUケア実施率が低いのかはわからない。また登録患者も多いものとは言えなかった。
調査日である6月7月からCOVID-19パンデミックの勢いはさらに増し多くの国が第二波、第三波を迎えている。そこで我々の研究チームでは、COVID-19患者と、それ以外の患者をすべて含んだ全ICU患者に対するICUケアの実施率を調査するためのISIIC 2 Studyを企画し1月27日に実施した。近く結果を公表できるよう、現在解析を進めている。
参考文献
- Ely EW: The ABCDEF bundle: Science and philosophy of how ICU liberation serves patients and families. Crit Care Med 2017; 45:321-330
- Singer P, Blaser AR, Berger MM, et al: ESPEN guideline on clinical nutrition in the intensive care unit. Clin Nutr 2019; 38:48-79
- Pun BT, Balas MC, Barnes-Daly MA, T et al. Caring for critically ill patients with the ABCDEF bundle: results of the ICU liberation collaborative in over 15,000 Adults. Crit Care Med. 2019;47:3-14.
- Morandi A, Piva S, Ely WE, et al. Worldwide ABCDEF (Assessing Pain Both Spontaneous Awakening and Breathing Trials, Choice of Drugs, Delirium monitoring/management, Early exercise/mobility, and Family Empowerment). Crit Care Med. 2017;e1111-1122.