兵庫県立尼崎総合医療センターの小児救急集中治療科では、日本で初めて小児ドクターカーの運用を始め、病院前診療から集中治療までをシームレスに医療提供しています。本稿では、小児救急集中治療科の科長・菅健敬先生、医長・山上雄司先生(ドクターカー担当)にお話をお伺いしました。また救急隊連携に関しては尼崎市消防局救急課救急担当係長関山敬一様からもコメントを頂いております。

Interview:菅 健敬

兵庫県立尼崎総合医療センター小児救急集中治療科 科長
2005年神戸大学医学部卒業。三重厚生連鈴鹿中央総合病院にて初期研修。大阪府済生会千里病院千里救命救急センター、大阪市立総合医療センター集中治療部、兵庫県立塚口病院小児科・小児救急集中治療科、公立豊岡病院但馬救命救急センターなどを経て、2015年より現職。
■資格・その他
小児科専門医、認定小児科指導医、救急科専門医、集中治療専門医、麻酔科標榜医
日本DMAT隊員・統括DMAT

Interview:山上 雄司

兵庫県立尼崎総合医療センター小児救急集中治療科医長
2009年福井大学医学部卒業。天使病院にて初期研修、後期研修。兵庫県立塚口病院 小児救急集中治療科、2015年の統合再編により兵庫県立尼崎総合医療センター小児救急集中治療科として所属。
■資格・その他
小児科専門医、救急科専門医、日本急性血液浄化学会認定指導者、日本DMAT隊員、阪神・丹波地域メディカルコントロール協議会検証委員

小児ドクターカーの特徴

小児救急集中治療科のメンバー
大型車両を用い、ドッキング方式で運用しています。

小児ドクターカー運用の概要
2015年7月に尼崎病院と塚口病院が統合再編し、兵庫県立尼崎総合医療センターとして新病院の開院を機に、日本初となる小児ドクターカーの運用を開始しました。出動範囲は、阪神南北医療圏(7市1町)で人口178万人(内15歳未満人口27万人)。小児救急ならではの要請基準を用いており、現在では年間500回のドクターカー要請があります。小児重症患者に対して病院前診療から集中治療までをシームレスに提供しています。

ー日本で初めて小児ドクターカー立ち上げることになった経緯をお聞かせください。

【菅先生】私は、ドクターカーで伝統のある千里救命救急センターからキャリアをスタートしています。次にドクターヘリ件数が全国トップの但馬救命救急センターでも1年間研修しましたので、僕にとっては救急をやる中でプレホスピタルはセットという感覚でした。その後、当院にて小児救急の立ち上げに携わることになり、僕がドクターカーのノウハウを生かして、指導していくことになりました。小児救急は、最近、全国的に広がりつつありますが、成人に比べて新しい分野です。成人ではプレホスピタル、救急対応、集中治療まで一貫して提供できる病院は、珍しくないと思いますが、小児では僕が知る限り、初めての試みだったと思います。ドクターカーだけではありませんが、成人の救急で得たノウハウを小児に適用してみたところ、意外とフィットしたと感じています。
 現在、当院の小児ドクターカーでは年間500件くらいの要請がありますが、全ての症例が救命レベルなのではありません。元々ドクターカーは、リスクの段階で介入するためにあるもので、出動して結果として大事に至らなかったということでも問題ないと思っています。その考えを医師、看護師、救急クラークのみんなで共有することで成り立っているドクターカーシステムだと思ってます。

ー小児ドクターカーはどのような症例が多いのでしょうか

要請の内容について
【山上先生】小児の場合、熱性けいれんが圧倒的に多く、約半数を占めています。中には脳症やけいれんが重積して後遺症が残すような症例もありますので、我々が早期に接触して抗けいれん薬を投与するような症例もあります。その次はアナフィラキシー、意識障害、転倒/転落/墜落外傷、CPAなどと続きます。

要請基準と中止反転について
【山上先生】
要請基準はキーワード方式で、成人に比べると、かなり要請基準を引き下げて、ABCDの異常があれば要請してもらっています。要請基準を引きる代わりに空振りOKとしていますので、図1のように要請の中の半分弱は中止反転や、出動できなかった症例になっています。ですので、救急隊の患者さん接触時には症状回復してるという場合には、積極的に中止反転をしてもらっています。

図1

小児ドクターカーによる病院前救急の有効性

ー小児ドクターカーを運用していくなかで意義を感じていることを教えてください。

【山上先生】けいれん、アナフィラキシー、院外心肺停止に関しては小児ドクターカーは有効だと思っています。成人に関しては平成3年から救急救命士の特定行為で輸液や、アドレナリン投与を行うことができるようになりました。しかし、小児に関しては残念ながら現状のプロトコールではできません。今後もその特定行為ができるようになる目処は今のところ立っていません。ですので、小児のドクターカーによる介入は、現状の医療体制において、病院前救急診療においては有効なツールなのではないかと思っています。

けいれん、アナフィラキシー
けいれん重積に関しては、30分以上継続すると脳に長期的な影響を残すと、小児けいれんのガイドライン【1】で指摘されています。アナフィラキシーにおいても、小児の場合はほぼ食物アレルギーですが、アナフィラキシー発現から心停止まで平均時間が30分と言われています。【2】これらは、早期医療介入、薬剤投与で予後の改善が期待されますが、全国の救急車搬送にかかる時間が全国平均で大体40分です。それを考えると半分以上のお子さんは間に合わないということになってしまいますが、当院では、ドクターカー出動により、覚知から初回の薬剤投与までに30分を切るような時間で対応できています。

CPA
CPAに関して、小児は圧倒的に呼吸原性が多いので、早期に気道確保を行ってアドレナリン投与することが予後の改善につながるといわれています。【3】当院では、接触から3分±2分くらいで出来ています。気管挿管に関しても、基本的には全例で行っていて、だいたい4分ぐらいで出来ています。
 図2が心肺停止症例の予後における他施設との比較です。日本国内で1ヶ月生存率が、おおよそ16%ぐらいというデータがあるのですが、当院にてドクターカーが出た症例に関しては、57%の1ヶ月生存率を得られています。現状では有意差は出ていませんが、何かしらの利益を及ぼしている可能性もあるのではないかと考えています。

図2

小児ドクターカーの救急隊連携

ー小児ドクターカーを運用するにあたり、救急隊連携で工夫していることがあれば教えてください。

【菅先生】まずは消防の方に小児救急と小児ドクターカーの意義を理解してもらう事が大切だと思います。当院には、尼崎市消防局OBの方が救急クラークとして在籍していることもあり、尼崎市消防局は小児ドクターカーをよく理解してくれています。立ち上げ当初は、救急システムとしてきちんと機能させるための努力は必要でした。やっぱり日常的にシステムを動かして症例を作って、信頼関係を構築していくという積み重ねです。その中で「リスク段階で介入して良かったね」と思える症例も経験して、意義の理解を深めていけたと思っています。小児ドクターカーの意義に沿った運用を、他の市とも是非一緒に作っていきたいと思っています。

【山上先生】当院ではメディカルコントロールの事後検証会に小児救急科からも出席しています。小児の検証部門みたいなものを作って、小児症例の勉強会などの機会を頂いています。やっぱり小児症例は特殊で、苦手意識を持ってしまうこともわかりますので、検証を行う中で小児症例に慣れてもらう取り組みをしています。小児救急自体の件数は少なく重症割合も少ないけれど、一部に危険な症例が含まれるという中で、ドクターカーを呼んでもらえれば一緒に経験して勉強していけるということ自体を啓発しています。ですので、MC協議会に参加しているというのは、すごく大きな意義があることだと思っています。

<尼崎市消防局救急課救急担当:関山敬一様>
ー兵庫県立尼崎総合医療センター様の小児ドクターカーの運用について救急隊のお立場から、感じていることを教えてください。
【関山様】小児に限ったことではないですが、ドクターカーで早期医療介入していただけるのは、傷病者の安定化と救命率を向上させるためにメリットのある運用です。特に小児傷病者は、救急救命士の特定行為の適応基準に年齢制限が関わりますので、ドクターに来ていただいて早期医療対応いただけることは本当に助かっています。
 あと、小児の場合は、親御さんがパニック状態になっていることがすごく多いので、「兵庫県立尼崎総合医療センターの小児の先生がドクターカーで今向かわれています。」と伝えることで、親御さんが安心してくださって、少し落ち着かれます。現場の感覚としては、親御さんに対する心理的なプラスの効果も感じています。

小児救急についての今後の展望

ー現在、感じている課題と今後取り組みたいことを教えてください。

【菅先生】僕たちがやっていることは、成人では当たり前にあるシステムを、単に小児に適用しているということです。早期医療介入すれば結果が良くなるというのは、当然のことですが、小児救急ではまだ全然整備されていません。小児ドクターカーをやる事で結果を示していき、救急隊の特定行為など、まだ手つかずで置いていかれている点が整備されていけばいいなと思っています

【山上先生】実は、小児救急の中でも我々が苦手とする分野もあって、小児重症外傷などは地域ぐるみで他の医療機関と連携できたらと構想しています。重症外傷は成人でも減っている中で、小児の症例は非常に少なくて経験する機会が限られます。周辺の医療機関で外傷は診れるけど小児のその後の管理は苦手だったりとか、僕らは重症外傷の初期対応は苦手だけれども小児のその後の管理に関してはできるといった、得手不得手があります。そういったところを補い合いながら、うまく連携をできないかと、周辺の先生方と話をしおり、今後取り組んでいきたいと考えています。

ー本日は、貴重なお話をありがとうございました。

参考文献

【1】日本小児神経学会小児けいれん重積治療ガイドライン2017
【2】Pumphrey,R.S.H.:Clin exp Allergy 30(8):1144,2000
【3】Highlights of the 2020 AHA Guidelines for CPR and ECC