「急性期栄養療法N」という栄養投与量を計算できるアプリを開発された日立総合病院救命救急センター、センター長の中村謙介先生にインタビューをしました。このアプリを通じて、ICUでの栄養療法の普及を目指した想いなど、お伺いしています。

Interview:中村 謙介

日立総合病院救命救急センター 救急集中治療科主任医長/救命救急センター長
平成14年東京大学医学部卒業、東京大学医学系研究科大学院外科学専攻救急医学講座卒業。東京大学付属病院にて皮膚科研修医を経て、救急部集中治療部医員。福島県太田西ノ内病院にて内科勤務。東京大学付属病院救急部集中治療部 助教。平成24年より現職。
■資格など
日本集中治療医学会専門医、日本救急医学会専門医、日本救急医学会指導医、日本内科学会総合内科専門医、急性血液浄化学会認定指導者、日本呼吸療法医学会専門医。筑波大学臨床准教授、琉球大学非常勤講師、法政大学非常勤講師。

「急性期栄養療法N」の開発

「急性期栄養療法N」アプリの概要

急性期栄養療法および慢性期栄養療法いずれにおいても、栄養投与量の把握は臨床実践、栄養研究に必要不可欠です。しかし栄養投与量を手計算するのはなかなかに大変です。本アプリはそれを自動計算するもので、医師や管理栄養士だけでなく全ての職種の方が手軽に栄養計算を行えるようになります。経腸栄養ENと静脈栄養PNに分けて入力しカロリーと栄養成分(タンパク質、炭水化物、脂肪の1日投与量)を計算することが可能で、同時に窒素バランスの計算や目標栄養からの逆引き計算(目標達成するのに至適な栄養製剤の検索)を行うことができます。また2018年段階での栄養製剤年鑑に登録されている全ての栄養剤登録されており自施設で使用している製剤のみ選択して候補とすることができ、また新規あるいはオリジナルの栄養製剤を追加登録することも可能です。

▶︎Android版のダウンロードはこちら
▶︎i OS版のダウンロードはこちら

ー開発の背景を教えてください。

開発のきっかけは、僕が今まで救急集中治療における栄養療法の臨床と研究をやってきて、その確立に栄養計算が必須であるにも関わらず、それがものすごく大変なことを目のあたりにしてきたことです。患者ごとにまたその日ごとに、経腸栄養と静脈栄養に分けて、投与したエネルギー量やタンパク質がいくらとなってどう推移したかを把握し、day1、2、3、4…と記録を残さないといけないのですが、これが殊の外大変なのです。ガイドラインでもこのような記録が推奨されていますが、大変なだけに(特に全患者に対して)実施していない施設が多いと思います。日立総合病院では後述する「I-GREEN protocol」に基づく栄養療法実践を行っていますが、当初はこれらの計算をするのに多くの時間を取られてしまって、実施者が死ぬ思いをして実現させていました。

他の病院も栄養計算は負荷が高くて苦労していると思います。この煩雑さを解決するために、Excelを作ってやっているところもありますが、それでも打ち込むのは大変です。また栄養計算の既存のアプリはあるのですが、有料のものしかありませんでした。お金がかかってしまうと、結局全員が使えません。そこで「無償で皆で使える」アプリ開発のためにプロジェクトを作りました。またそのようなアプリがあれば、ゆくゆく日本の急性期栄養療法の臨床教育研究の発展にもつながるのではないかと思っていました。急性期栄養療法の研究は、この計算が難しいのが大きなハードルの1つなので、日本では中々進めにくい分野だったと思います。ネスレに賛同いただき研究資金を受けて、開発を行い、やっとリリースに至りました。

ー開発するにあたって工夫したポイントを教えてください。

集中治療でも使える

急性期栄養療法と言っても、集中治療の場合は、普通の病棟でやる栄養療法とは打ち込み方が違います。全部で何ml入れたとか考えるよりも何ml/hで何時間投与したか、とか。そして経腸栄養ENと静脈栄養PNとあり、経口摂取もあります。集中治療中の栄養療法に対応した打ち込みやすさというのを実現する必要がありました。

図1
施設ごとの管理方法の違いにも対応

さらに施設によって打ち込み方が違うので、何ml/hourという考え方の施設もあれば、何ml/day使ったという施設もあるし、さらに、患者ごとでも違います。そういう計算方法の違いにもちゃんと対応して、予め管理方法の設定をしておけるようになっています。日々の計算が楽しく、栄養療法が親しみやすく思ってもらえるようにはしたつもりです。

窒素バランス

単に栄養計算するだけであれば今までのアプリでも出来たのですが、窒素バランスを計算出来るように実装したのが初めての試みです。窒素バランスは昔からある技法で様々なlimitationを抱えるものですが、最近リバイバルし改めて計算が推奨されるようになっています(図1)。筋肉量や除脂肪体重はいまや救急集中治療に欠かせない評価になっているわけですが、それを日ごとのレベルで確認することができるのが窒素バランスなのです。(図2)この窒素バランスは窒素のインとアウトを計算するものですが、窒素のインは投与された栄養量から計算されるので、この栄養計算アプリの中でこれをもう計算しており、窒素アウトだけを打ち込めば窒素バランスが分かります。(図3)窒素バランスの評価を合わせることで、このアプリが栄養の臨床や研究に更に貢献出来るようになればいいなと思っています。

図2
図3

集中治療での栄養療法の普及を目指して

ーリリースしてみた反応はいかがでしょうか?

院内の反応

院内反応は非常に良いです。これで日立総合病院ICUの栄養療法の士気が上がりました。みんなの栄養療法に対するモチベーションが上がって、気概を持って取り組むようになりました。みんなが、今何kcal、タンパク質が何g入ってるかっていうのを意識するようになったし、「明日はこうした方が良いんじゃないか」と看護師さんも考えてくれるようになりました。

院外の反応

リリースお知らせのメールを出したら、すごく反響がありました。お礼メールが結構きて、計算機のようなシンプルなアプリですが、作って良かったと思っています。管理栄養士さん、看護師さんはきっと使ってくれるだろうと思っていましたが、最近だと、理学療法士さんなども注目してくれています。リハビリテーションにも栄養は必須です。理学療法士さんも栄養に興味を持って頂いて、「この人は今何kcal入ってるんだろう」と調べながら運動を組み立てるのが理想形だと思います。日本離床学会もアナウンスをしてくださいました。栄養に関わる職種全てがこれを使って、栄養療法に興味を持ってもらうきっかけになればと思っています。

ーこのアプリを利用してもらうことを通じて、期待していることを教えてください。

健常人も普段から、前日は食べ過ぎたから翌朝は少し食べる量を減らそうとか、昼少なかったから夕食はしっかり食べようとか、調整をしますよね。集中治療においても本当は然りで、前日に全然入っていないのに当日も栄養を入れずリハビリテーションを頑張る、ということは本来あってはならないのです。集中治療でも前日までの栄養投与量をモニタリングしないと当日の栄養計画は立てられないのです。今、ICUリハビリテーションが全盛の時代だからこそ、理学療法士さんもかなりICUに関わってるし、看護師さんも凄くリハビリテーションが大事だと頑張っています。そういう中で、リハビリテーションと栄養は、切って切り離せないものです。これがきっかけになって、栄養とリハビリテーションが親密になってくれたらいいなと思います

ー日立総合病院のICUでの栄養療法についての今後の取り組みについて教えてください。

日立総合病院では世界で初めてとなる栄養とリハビリテーションの連携プロトコール「I-GREEN protocol」を作成し実行しています。(図4)今まで栄養のプロトコールと、リハビリテーションのプロトコールは、別々にあって、双方が連携しているものはありませんでした。「I-GREEN protocol」にはいくつかの新規的な取り組みが織り込まれていますが、栄養とリハビリテーションがお互いに干渉しあいながらお互いを確立するように進んでいくように作成されています。このようなプロトコールの実行にも栄養計算は欠かせないので、栄養計算アプリをフル活用することになります。

図4

開発した栄養計算アプリをより使えるものにするべく、適宜のver.upが必要です。栄養製剤も日進月歩、毎年新たな栄養製剤が販売され使用選択肢となり、それに対応する必要もあります。今後は継続的な開発資金を得られるようにし、使いやすい「急性期栄養療法N」を皆様にお届けできるように頑張りたいと思います。

ー本日は貴重なお話をありがとうございました。