遠隔から集中治療専門医に24時間アドバイスを受けられる「遠隔ICU」を、主に二次救急指定病院にサービス提供をしている株式会社T-ICU代表取締役の中西智之先生に、起業までの経緯や、遠隔ICUの活用状況、またCOVID-19の影響などお伺いしました。
株式会社T-ICU代表取締役社長。
2001年京都府立医科大学医学部卒業。同大学外科学講座にて研修後、熊本赤十字病院にて心臓血管外科の研鑽を積む。その後、横浜市立大学麻酔科に入局。麻酔科や救急・集中治療を経て、2016年10月に株式会社T-ICUを設立。
日本集中治療医学会専門医、日本救急医学会専門医、日本麻酔科学会専門医。
遠隔ICUで起業した背景
遠隔ICUとは
遠隔地から集中治療専門医が、現場の医師や看護師から提供された情報を基に24時間アドバイスを実施することで、現場の医師や看護師の負担を軽減するシステムです。T-ICUでは、33人の医師、20人の看護師のチームで24時間サポートを行なっています。遠隔ICUが先行するアメリカでは1990年代後半から遠隔ICUの導入が始まり、現在ではICUの2割の病床が導入済みで、日本でも遠隔ICUの活用が期待されています。

ー起業した背景や問題意識について教えてください。
起業したのは、結果的にそうなった形です。僕は元々心臓外科出身でICUに関わっていましたが、救命センターに行った時に、集中治療専門医の奥深さを知って、もっと多くの病院に集中治療専門医が関われるようになるべきだと思ったところからです。
心臓血管外科医をやっていた当時、僕がいた京都府立医大のICUは6床あって、4〜5床が心臓外科が使っていました。残りの1床は、術後の患者さんが入るいわゆるサージカルICUでした。それで、僕は大学しか知らなかったので、ほぼ毎日ICUに運んでいたので、心臓外科なりに「ICUはもう分かった。」と思い込んでいたんですね。卒後6年過ぎたころ、実はうつ病になってしまって、無理してはいけないなと思って、3ヶ月ぐらい休んでいた時もありました。その後、2年間ほど、麻酔科もやって専門医も取得して「じゃあ、麻酔科続けるか?心臓外科戻るか?」と悩んでいました。その時、たまたま医局の人事で「救命センター行きませんか?」と言われて「これは、いい経験になるな」と思って救命センターに行ってみたら、意外と救急が一番面白かったんです。救急の先生は、熱心な人が多くて、医者になって10年目ぐらいだったんですが、年下の先生とかに、たくさん教えてもらって奥深さを知りました。特にICUに関しては「僕は外科医として分かったつもりだったけど、ちょっと勘違いしてたな。」と思いました。
そのあと地域医療にも興味があったので、二次救急の病院に関わるようになり、1人で救急医をやっていたんですが、救命センターとの格差をすごい感じてしまって。救急は、救急専門医が関わった方が良い医療が提供出来るし、ICUに至っては集中治療専門医が関わらないとまずいというか、これは何とかした方がいいと思いました。

ーそこから遠隔医療で起業するに至った経緯を教えてください。
どうしたら自分がこういう集中治療専門医がいない急性期病院に、たくさん関わって解決できるのかな?と方法を考えていたら、たまたま先輩に「アメリカで遠隔ICUってあるよ。」と教えてもらいました。米国では20年ほど前から遠隔ICU管理が行われていて、全米のICUのベッドの約20%は遠隔で管理されています。これによって死亡率が26%低下したというデータもあるんです。[1]これなら信頼できる集中治療専門医が多くの病院に関わることも実現できると思いました。それで医療機器メーカーに問い合わせたりしたんですが、全然相手にしてもらえなくて、結局、自分で真面目に会社を作るしかないという結論に至ったんです。
ー心臓血管外科ご出身でICU関連事業をされていますが、外科に対する思い等ありましたら教えてください。
心臓血管外科医って、未だに格好いいと思っているし、教授とか部長になっても無茶苦茶忙しいし、本当に尊敬しています。自分が外科を離れて遠隔ICUをやっている理由というか、潜在的な思いとしては、外科医の働き方も変えられると思ってるんです。術後は外科医が診るより、僕は集中治療医が診た方がいいと思ってます。僕は遠隔ICUで、もし効率よく診れたら、外科の先生が夜休めるようにならないかなと思って。あとは、外科医は、手術の練習して上手くなりたいし、勉強したり研鑽したいと思っているから、もっとそういう時間を作ることができるんじゃないかという、若い外科の先生への自分なりの応援の意味もあります。
遠隔ICUの活用


ーサービスの現状について、導入施設数や導入施設の特徴など教えてください。
二次救急で25病院の導入があります。導入病院の特徴は三つで、一つは僻地。田舎で元々医者が足りないみたいなところですね。二つ目は、200床ぐらいの比較的都市部・郊外で、二次救急の指定病院で、ICUがあるけど専門医はいないみたいなところです。3つ目は、救急医はいるけど少なくて、これから救命センターにしようと体制整えていく過程でまだまだ対応しきれないという病院です。現在、ICUとHCUを備える病院は全国に約1,100施設もあって、そのうち集中治療専門医がいる病院は300程度です。病院集約化という考え方も当然ありますが、現状は遠隔ICUで専門医を繋いでいくことが医療資源の最適化や質の向上につながると思いますので、そういう病院に活用いただきたいです。
ーどんな相談が多いのでしょうか?
相談してくる先生は5〜6年目くらいの先生が多くて、基本的な相談も結構あります。集中治療専門医でなくとも、ICUのトレーニング中の先生だったら分かるような内容で、逆に言うと「他の科の先生だったら分かんないよね。」みたいな質問ですね。まだ結論が出てないような治療について、どっちがいいのかというような質問は少ないです。
あとはナースも利用できるのでナースからの利用は多いですね。ナースからドクターへの質問はやっぱりハードルが高いみたいで、契約病院のナースから、T-ICU内ナースへの質問は結構あります。T-ICU内ナースが回答できない場合は、T-ICU内のドクターにさらに相談して回答するような形で連携しています。
病院によっては、毎週のカンファレンスに参加したり、前日相談があった患者さんについては、翌朝にこちらから電話してフォローしたりもしています。なので、医療ITベンチャーと言われたりしますが、やっていることは全然違って、人間臭いというか泥臭いというか、人間同士のサービスを提供しています。
ー導入するときの病院側のハードルがあったら教えてください。
ハードルは主に三つ。一つはお金です。診療報酬がつけば広がると思いますが、今はまだ難しいですね。二つ目は、外部のドクターに相談するという心理的なハードルもあります。自分の治療を見られたくないという心理はあると思います。そして、三つ目は、そもそも「集中治療専門医」というのを知らないケースです。病院長で集中治療専門医を知らない人もいますし、ドクターでも集中治療に関わらない診療科の先生も知らないことがあります。救急専門医と混ざっちゃって理解している先生とか多いですね。そもそも知らなければ、その専門性や価値を理解できないので、伝えていくことが大切だと思っています。
近況や今後の展望:COVID-19の影響など
ーCOVID-19などの感染症と、遠隔ICUは親和性が高いサービスかと思います。直近で、具体的に動いているプロジェクトがありましたら教えてください。
2020年9月から、神戸市が負担してくれて、神戸市立医療センター中央市民病院、同西市民病院、市立西神戸医療センターなどに遠隔ICUの試験導入などが始まりました。
また、2020年12月にJICAの「感染症流行時の遠隔ICU支援のあり方に係る情報収集・確認調査」も受託しました。パイロット活動の対象国はミャンマー、フィリピン、インドネシアで、将来的にアフリカ、アジア、南アメリカ10数ヶ国への遠隔ICU支援サービス提供を見越しています。今回のプロジェクトは、遠隔ICU支援をするための前提条件等を具体化するための情報収集や分析で、2021年6月までの実施となっています。
ーCOVID-19で他に感じていることなどありましたら教えてください。
COVID-19の影響で、社会的にICUという言葉も注目されましたし、専門医や看護師が足りないとかも言われ始めています。ICUが出来る認定看護師が足りないというのも、前から言われていた問題ですけど、COVID-19で浮き彫りになった形です。必要性を認識してもらえる機会になったので、我々が今まで提案して来たこと、主張して来たことは、それほど大きく間違ってなかったんだなと感じています。パンデミックの中でも対応出来る医療体制構築のための、打ち手の一つが遠隔医療だと思いますし、「責任を持ってやって行かないといけない。」と改めて認識しています。
ー本日は貴重なお話をありがとうございました。
参考文献
- Jing C,Dalong S,Weiming Y.et al.Clinical and Economic Outcomes of Telemedicine Programs in the Intensive Care Unit: A Systematic Review and Meta-Analysis.J Intensive Care Med.2018 Jul;33(7):383-393. doi: 10.1177/0885066617726942. Epub 2017 Aug 22.