中西信人先生は、ICU関連筋力低下(Intensive care unite- Acquired weakness:ICU-AW)に関する研究費をクラウドファンディングで調達し、現在も精力的に研究を進められています。本稿では、今までのご経験についてのインタビューを記載していきます。

Interview:中西信人

徳島大学病院救急集中治療部 助教。
徳島大学医学部を2013年に卒業。伊勢赤十字病院にて初期研修、後期研修1年目でER、外傷、プレホスピタルに従事。2016年徳島大学病院救急集中治療部所属し集中治療に従事。2018年に救急専門医、2019年に集中治療専門医を取得。2019年に筋萎縮ゼロプロジェクトを立ち上げ、重症患者の筋萎縮の原因・診断・予防に関する研究を行っている。
■専門医、資格等
日本救急医学会救急科専門医、日本集中治療医学会集中治療専門医、インストラクター・プロバイダー等(JATEC/JPTEC、ICLS、ACLS/BLS、PALS、MCLS、ALSO)
▼reserch map
https://researchmap.jp/nobuto_nakanishi/published_papers

筋萎縮プロジェクトの背景

ープロジェクト概要
 2020年1月にクラウドファンディングで「筋萎縮ゼロプロジェクト」を立ち上げ、目標金額の約3倍である247万8,000円の研究費の調達を行いました。筋萎縮をモニタリングするモデルの構築に向けた研究を進め、超音波検査を用いて、尿中の物質であるタイチンは筋萎縮や筋力低下と関連があることを明らかにしました。[1]さらに、同資金を元手に、関連研究・発展的研究として2021年1月時点で論文を5本出版されています。

ープロジェクトを立ち上げる背景について教えてください。
 医学の進化に伴い、重症患者の死亡率はおよそ20年間で約35%低下したといわれています。[2]その上で、生存出来たら良いというわけではなくて、どうすればより良い予後、患者さんがもう一度職場や社会に復帰出来るか?を考えるようになりました。やっぱり頑張ってICUで治療して、いざ退室という時に、全然動けないとか、自分で呼吸がしっかり出来ないという状況も多いです。そこでリハビリや栄養など集中治療後症候群(Post Intensive Care Syndrome:PICS)への介入で、PICSで全ての患者さんで起こっている筋委縮に着目しました。ICUの中の筋肉の萎縮を予防する事が、最終的には最近言われるPICSの予防にも繋がるのではないかと思っています

ーICUの先生で、リハビリとか栄養などを研究分野にしている人はまだ少ない印象ですが、先生が注目されたのは、なぜでしょうか?
 PICSについては、10年くらい前から言われ出していたと思います。ただ医療でいえば10年は比較的最近ですし、特に動きが出てきたのが、ここ数年という分野です。例えば、日本でリハビリのガイドラインができたのが2017年、栄養のガイドラインが作成されたのも2015年です。リハビリ専門医が出来たりとか、サルコペニアが注目されたとか、医療の中でも、社会の中でも最近注目が集まるようになってきたと思っています。
 今までのICUは、循環器とか呼吸器とかの先生がサブスペシャリティ的な感じでやってる事も多かったと思います。僕は、卒業した時からジェネラリスト世代と言いますか、先代の先生達が救急・集中治療っていう分野を作っていただいたものがある中で育ってきました。僕は別に、特別心臓が診れるわけでもないですし、整形診療が出来るわけでもないですけど、やはりジェネラルに診れるようになること、多職種連携を特に重視してチームワークで重症患者さん診れるようになること、そういう風に育ってきている世代です。最近の、ジェネラルな人材を育てようという教育を受けてこれたので、全身管理に注目して、栄養とかリハビリとかまでclinical questionの範囲が広げられたという経緯があると思います

クラウドファンディングで変わったこと

ー「筋委縮ゼロプロジェクト」というプロジェクト名を付ける前から、研究等されていたと思います。最初にどのような研究をされていたか、またクラウドファンディングをやることになった経緯を教えてください。 
(研究を始めるきっかけ
 研究自体は2016年くらいから始めています。ICUの患者さんの筋肉が減るということが丁度言われ出した時期で、自分でもICUで足や腕があっという間に細く痩せていく患者さんを見て、疑問を持ち始たんです。それで勉強を始めて原因が分かる部分、分からない部分が出て来ました。それで教授に相談したら「エコーでどれぐらい減るか測ってみなさい」と言われました。当時、僕には超音波で筋肉を測るっていう発想があんまり無くて、エコーの専門でもないし、どうやって測ったらいいか分からなかったし、でも断れないし、本当は最初は渋々で始めました(笑)。それでも、もう本当に手探りで1〜2年やっていました。その後に、他の研究とかも色々並行してやってきまして、2016年に日本集中治療医学会学術集会で「超音波によるICU患者の上肢・下肢筋萎縮評価」を発表して、2017年には論文[3]を書いたりしていました。

クラウドファンディングを始めるきっかけ
 クラウドファンディングをやることになったのは、尿中の物質のタイチンをバイオマーカーとして注目しはじめ、尿中物質の測定キットが必要になったからです。タイチンに注目することになったのは、筋ジストロフィーを専門とする先生に出会ったのがきっかけです。最初は、直接的に、その先生に会った訳ではなくて、栄養科の先生が「筋ジストロフィーで筋肉の萎縮を反映するマーカーがあるからICUでも測ったら面白いんじゃないか」と言ってくれて、仲介に立ってくれてご紹介いただきました。それで、ちょっと測ってみたら凄い値が出ていたので、これはもう筋委縮を反映してるんじゃないかなと。これで研究を始めたいと思ったのですが、かなりお金がかかることが分かりました。大体ですけど、10人測るのに12〜13万円、タイチンと同時にクレアチンも計測しようと思うと15万円くらいかかります。これを大規模な研究にしていくと、全然費用が賄えません。それで、クラウドファンディングが思い浮かびました。

ークラウンドファンディングの体験についても教えてください。
 尿中物質の測定キットの購入費用を計算をすると、ざっくり80万ぐらい必要でした。クラウドファンディングは、やると言ったものの、正直言うと80万円は集まらないと思ったんです。5万でも10万でも、やって足しになったらいいな、くらいに思っていましたが、徳島大学がやっているクラウドファンディングのプラットフォーム運営側には、「その額ならポケットマネーでも出せるんじゃないの」「100万円設定にする人が多いよ」と提案を受けました。目標を高くしてしまって、もし20%位しか成功しなかったら恥ずかしいのでちょっとでも下げてもらえないかと話しまして(笑)。それでお願いして80万円目標に決まって、最終的にはもの凄い支援していただいて、頭が上がりません。

ー結果として、目標の約3倍も集まったと聞いています。3倍集まったことで、当初計画していた研究以外に、さらなる発展的な研究などもできるようになったのでしょうか?
 はい、250万円ぐらい寄附していただいて、今も非常に助かってます。2ヶ月に1本ぐらいのペースで、論文が出せていますし、英文校正とか色々かかるお金もそこから出させていただいています。取り組みで行なったことは全部、クラウドファンディングサイト上の謝辞とかご報告させていただいています。
 当初から資金使途として予定していた尿中物質の測定キットは、予定してたものを購入することが出来ました。資金が集まったことで、それよりも大きなプロジェクトと言うか、やっぱり治療にも研究を繋げていきたいですので、色んな試験をやってます。最近では、タイチンが脳卒中の患者さんの評価に有効ではないかと報告できました。[4]さらに、筋委縮予防で、いろんな介入の方法を試しています。そのうちの一つ、今やってるのは振動療法です。ブルブルマシンって言ってる、家で使う健康機器はご存知ですか?ICUの患者さんは、たくさん管が繋がってるので、リハビリが大事言っても、歩いたり出来ないことが多いです。でも座るところまでは行くので、ブルブルマシンで介入できないかと思っています。当院には理学療法士さんが居なくて、看護師さんと協力して、座った状態で15分間足をブルブルさせるという、足の筋委縮予防や、筋の抑制に関する無作為化比較試験を12月から始めています。これは大規模で2、3年掛かる研究です。その他に、呼吸筋委縮の研究もやっています。

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