寄稿:原 湖楠、吉原 良哉

原 湖楠
アリゾナ大学経済学部博士課程に在籍。TXP Medical株式会社非常勤研究員。
2013年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院の初期臨床研修プログラム修了。東京大学大学院医学系研究科社会医学専攻博士課程修了。東京大学公衆衛生学教室特任研究員、東京大学大学院経済学研究科特任研究員等を経て現職。

吉原 良哉
東京大学医学部在学中。TXP Medical株式会社インターン生。

▼前回までのコラムはこちら
日本版Claims-based algorithm(CBA)を作るには〜医療レセプトを用いて患者を正確に同定することは出来る?


この記事では、電子カルテ(electronic medical record, EMR)から目的の疾患となる患者を同定するアルゴリズム、phenotyping algorithm([1], フェノタイピング)を紹介したいと思います。EMRには、医師やコメディカルによる自由記載をはじめ、血液検査結果など、診療に関する様々な情報が電子的に格納されています。一昔前は、これらの情報は紙で保管されていたため、患者情報の検索、抽出には非常に大きな手間がかかっていましたが、現在ではEMRが導入されている病院がほとんどとなり、臨床研究、治験、医療保険の償還払い請求に必要な情報の取得、など種々のシーンでEMRから引き出された情報が活用されることが多くなっています。しかしながら、紙カルテを保管庫から取り出し、ページをめくって必要な情報にアクセスしなければならないことは無くなったものの、現在でもカルテ情報の抽出は人力でやっていることがほとんどです。

電子カルテから研究目的の疾患となる患者を判断するには

例えば、医師が臨床研究をする時を考えてみましょう。ほとんどの場合に、医師は自らの臨床経験を通した疑問(クリニカルクエスチョン)を元に研究テーマ(リサーチクエスチョン)を考えます。自らの臨床経験が元になっているため、まずは自身の所属施設に蓄積された臨床データから、そのリサーチクエスチョンが妥当そうなものであるか、また、今後より深く追求していくに値するものであるか、を検討しようとするのは自然な流れと言えます。多くの場合に研究テーマは、(1) ある疾患の患者とそうでは無い患者を比較する研究(ケース・コントロール研究)であったり、(2)どのような要因があるとある疾患に罹ってしまうか(コホート研究)、を検討するものであるため、正確にある患者が研究目的となる疾患がどうかを判定することは重要になってきます。

そこで、ここでは、救急車で来院したある患者のEMRを開いて、その患者が心筋梗塞かどうかを判断したいとします。心筋梗塞かどうかを判断する要素としては、症状(痛みの程度や持続時間)、血液検査・心電図検査・心臓超音波検査・心臓カテーテル検査の結果、などがありますが、通常EMRでは、これらの全ての結果を同時に一画面で閲覧できるわけではなく、一つ一つ目的となるページを探して見ていかないといけません。

  1. 症状を確認するには、医師自由記載欄の一覧を開き、そこから救急車で受診した日を検索する
  2. 血液検査の結果を確認するには、血液検査結果の一覧を開き、そこから救急車で受診した日、及び前後の日を検索し、心筋梗塞の診断に関わる項目(トロポニンTやCKMB等)の検査結果を時系列に見る(時系列で推移を見ないと心筋梗塞だったかどうかは正確に判断できない)
  3. 心電図検査の結果を確認するには、心電図検査結果の一覧を開き、そこから救急車で受診した日、及び前後の日を検索し、心筋梗塞の診断に関わる箇所(ST上昇や異常Q波等)の検査結果を時系列に見る(時系列で推移を見ないと心筋梗塞だったかどうかは正確に判断できない)
  4. 心臓超音波検査の結果を確認するには、心臓超音波検査結果の一覧を開き、そこから救急車で受診した日を検索し、心筋梗塞の診断に関わる箇所(心臓の動きが悪くないか等)の検査結果を見る
  5. 心臓カテーテル検査の結果を確認するには、心臓カテーテル検査結果の一覧を開き、そこから救急車で受診した日を検索し、心筋梗塞の診断に関わる箇所(冠動脈の狭窄等)の検査結果を見る

患者によっては、全ての記載や検査結果を見なくとも、心筋梗塞と断定できる場合もあるものの、このような手順を一人一人踏んでいく必要があるため、長い時間がかかります。また、どの記載や検査結果も、それが心筋梗塞を示すものであったかどうかを判断するには医学的知識、場合によっては高度な循環器内科的な知識が要求されます。しかも、妥当な研究として認められるためには、このような患者同定プロセス(カルテレビュー)を二人の専門家が独立に行って、二人の診断に齟齬があった場合には協議して診断を確定する、という暗黙のルールがあるため、負担は文字通り倍増します。

カルテレビューを代替えする手段としてのフェノタイピング

そのため、近年、カルテレビューを代替する手段として、EMRから目的の疾患となる患者を機械的に同定してくれる、フェノタイピングが注目されています。目的となる疾患のフェノタイピングを確立するためには、以前の記事で紹介したClaims-based algorithm(以前の記事へのリンクはこちら)と同様に、その疾患の診断のゴールドスタンダード(比較対象)の構築が必要になるわけですが、一度フェノタイピングが確立された疾患については、EMRの取得規模に応じて、カルテレビューをせずとも、当該疾患の患者を同定することができます。

TXP Medicalで我々の研究チームは、Next Stage ER(NSER)から取得したEMRデータを医師のカルテレビューによるゴールドスタンダードと組み合わせて、フェノタイピングの作成、評価を行い、そこで作成されたフェノタイピングをNSERに実装するプロジェクトを進めています(フェノタイピングを電子カルテシステムに実装するスキーマを特許出願中)。近い将来、NSERを導入している病院では、カルテレビューをせずとも、簡単に数万人の患者から目的となる疾患の患者を検索できる日が来るかもしれません。この次の記事では、我々の進めているフェノタイピングプロジェクトについてのより具体的な話を紹介したいと思います。

参考文献

  1. Newton KM, Peissig PL, Kho AN, et al. Validation of electronic medical record-based phenotyping algorithms: results and lessons learned from the eMERGE network. J Am Med Informatics Assoc. 2013;20:e147-e154. doi:10.1136/amiajnl-2012-000896