寄稿:園生 智弘、小倉 健太郎

園生 智弘
TXP Medical 代表取締役医師。救急科専門医・集中治療専門医。
東京大学医学部卒業。東大病院・茨城県日立総合病院での臨床業務の傍ら、急性期向け医療データベースの開発や、これに関連した研究を複数実施。2017年にTXP Medical 株式会社を創業。2018年内閣府SIP AIホスピタルによる高度診断・治療システム研究事業に採択(研究代表者)。日本救急医学会救急AI研究活性化特別委員会委員。全国の救急病院にシステムを提供するとともに、急性期医療現場における適切なIT活用に関して発信を行っている。

小倉 健太郎
東京大学医学部在学中。TXP Medical株式会社インターン生。

はじめに

TXP Researchでは救急外来データシステムNEXT Stage ER(NSER)を利用したデータベースを用いて研究開発や臨床研究を行っています。今回はJournal of Medical Internet Research Medical Informatics誌から出版された、病着前におけるデータを用いた入院リスク予測に関する論文の紹介です。

筆者コメント(園生)

日本国内において救急隊の全国データベース(ウツタイン)は存在するものの、救急搬送された患者さんの予後データは病院到着直後の初診重症度までしか繋がっていません。そこでNEXT Stage ERを導入することで救急隊の取得した症状やバイタルサインの情報から入院経過までが繋がったデータを構築することが可能であり、筆者が救急医として構築したかったデータです。本研究は、救急隊の病院到着前に取得可能な情報 (年齢性別・症状・既往歴・バイタルサイン) を用いて入院確率を予測する機械学習プログラムの研究です。今回は単施設のデータ解析ですが、今後、救急隊のアプリケーションに組み込むことにより適正な病院搬送判断等につながる可能性も秘めていると考えます。

論文概要

Institution-Specific Machine Learning Models for Prehospital Assessment to Predict Hospital Admission: Prediction Model Development Study.

Shirakawa T, Sonoo T, Ogura K et al.
JMIR Med Inform 2020;8(10):e20324
https://medinform.jmir.org/2020/10/e20324/

本研究の目的

急性期医療現場において、搬送される患者の入院リスクを予測することは重要である。 入院リスクから空きベッドの有無などを鑑みて適切な搬送先を決定することにより、 病院リソースの利用を最適化することができる[1]。また、 リスクを層別化することにより、救急科での混雑を防ぐことや救急車でのたらい回しによる時間ロスを減らすことが可能であるため、患者の予後改善にもつながる[2]。本研究では、これまであまり研究例のなかった、施設単位の病着前データを用いた入院率予測モデルの構築を試みた。

対象と方法

本研究では、2018年4月1日から2019年3月31日の期間に日立総合病院に救急搬送された5530名の患者のうち、主訴の取得やバイタルサインの測定が困難な6歳以下の患者を除外した5145名を対象とした。アウトカムは入院・転院転科および救急科における死亡のいずれかとし、それぞれ2507名、96名、96名であった. データはNext Stage ERを通して取得し、病着前に取得できる年齢、性別、主訴、バイタルサイン、病歴を予測因子として用いた。予測モデルとしては、ロジスティック回帰 (LR)、lasso正則化を用いたロジスティック回帰(lasso-LR)、Random Forest (RF)、Gradient Boosting Machine (GBM)を用い、対象患者を70%の訓練データと30%のバリデーションデータに分割してAUROC、AUPRC、感度、特異度によりモデルの評価を行った。また、予測因子の追加方法により以下のように4つのモデルを作成した。

 Model1. 年齢、性別のみ
 Model2. Model1に主訴を追加
 Model3. Model2にバイタルサインを追加
 Model4. Model3に病歴を追加

結果と考察

最も良い結果を出したのは、Model3 (年齢、性別、主訴、バイタル)に対してGBMを用いた予測モデルであり、AUROCは0.818 (0.792 – 0.839)、感度、特異度はそれぞれ、0.744 (0.716 – 0.733)、0.745 (0.709 – 0.776)であった。Fig. 1は、各予測モデルにおけるROC曲線である。Model1-3ではLRモデルと機械学習モデルで差はなかったが、Model4では機械学習モデルがLRモデルよりも高い予測精度を示した。Fig. 2は、各予測モデルにおけるPrecision-Recall曲線であり、Model2~3ではLRモデルは他の3つの学習モデルよりも低い予測精度を示していた。Fig. 3は、各予測モデルにおけるCalibration曲線であり、lasso-LRモデルとGBMモデルでは4つの予測因子モデル全てにおいて良い検量線を示していた。結果は、救急隊の直感による予測と比較して同程度の予測率を示しており[3、4]、救急車における実装も期待される。

Fig.1
Fig.2
Fig.3

今後の展望

入院リスクは病状のみに限らず社会的背景も含めて判断すべきであるが、本研究では社会的要素については考慮出来ていない。教育レベル、年収、保険種別、家族構成、結婚歴、基礎精神科疾患の有無などを事前にデータとして取得することが出来れば、より入院リスクの予測精度を高められると期待される。また、本研究では単施設から取得したデータを使用しており、過去の病歴が重要な部分しか残っていない可能性があった。パーソナルヘルスレコード等とのデータ統合により過去の病歴を補完することでより高い予測精度が期待される。

参考文献

  1. U.S. Department of Transportation NHTSA. EMS Agenda 2050. 2019. https://www.ems.gov/projects/ems-agenda-2050.html.
  2. Asplin BR, Magid DJ, Rhodes K V., Solberg LI, Lurie N, Camargo CA. A conceptual model of emergency department crowding. Ann Emerg Med. 2003;42(2):173-180. PMID:12883504
  3. Price TG, Hooker EA, Neubauer J. Prehospital Provider Prediction of Emergency Department Disposition: Prehospital Emerg Care. 2005;9(3):322-325. PMID:16147483
  4. Clesham K, Mason S, Gray J, Walters S, Cooke V. Can emergency medical service staff predict the disposition of patients they are transporting? Emerg Med J. 2008;25(10):691-694. PMID:18843076