TXP Medical 代表取締役医師。救急科専門医・集中治療専門医。
東京大学医学部卒業。東大病院・茨城県日立総合病院での臨床業務の傍ら、急性期向け医療データベースの開発や、これに関連した研究を複数実施。2017年にTXP Medical 株式会社を創業。2018年内閣府SIP AIホスピタルによる高度診断・治療システム研究事業に採択(研究代表者)。日本救急医学会救急AI研究活性化特別委員会委員。全国の救急病院にシステムを提供するとともに、急性期医療現場における適切なIT活用に関して発信を行っている。
新型コロナウイルスの第3波の真っ只中、日本中の医療現場では予断を許さない状態が続いています。私自身も新型コロナウイルスの現場対応を行う医師の一人でありますが、この未曾有の事態に対するデータの見える化を実現すべく、TXP Medicalとしての活動も進めています。
COVID-19 重症患者データベースについて
https://crisis.ecmonet.jp/
こちらのサイト(COVID-19 重症患者状況の集計)はご存知でしょうか?本サイトは日本COVID-19対策ECMO net (代表 竹田晋浩Dr)が運営し、TXP Medical株式会社と株式会社ジュッポワークス(https://www.juppo.co.jp/)が設計と開発を手がけました。各医療機関向けのデータ入力アプリケーション (横断的ICU情報探索システム(CRoss Icu Searchable Information System)、略称CRISIS) および、そのデータを集計したダッシュボードで構成され、国内の集中治療室のCOVID-19感染でのECMO装着患者のおよそ95%以上(推定)、人工呼吸器患者の80%以上(推定)をカバーしています。数日以内の遅延で全国のCOVID-19重症患者状況をリアルタイムに見える化しているサイトです。

本サイトの元となるデータは、現場で実際にECMO/人工呼吸器治療を行なっている「医師」たちによって入力がなされています。臨床業務で忙しくてデータ入力どころではないはずの日本中の医師がなぜ本事業に協力してくれるのか?どのように入力サイトが設計・構築されているのか?
その知られざる全貌をこちらに公開させていただきます。
COVID-19重症患者データベースのシステム設計
CRISIS / ダッシュボードが機能している理由は下記の3点に集約されます。
- 全国の救急集中治療医のネットワークを通じたECMO netの運営医師からの日々のコミュニケーション
- 数字がリアルタイムに集計され、公開されることにより、自律的な地域の集中治療病床管理に役立つという医療機関側のメリットが存在すること
- 入力した情報を将来的に各施設の臨床研究者に返すことを想定した、研究用レジストリの性質を持ち合わせていること
順に解説を加えていきます。
1. 全国の救急集中治療医のネットワークを通じたECMO netの運営医師からの日々のコミュニケーション
CRISISのデータ入力は、ECMO netの中心をなす十数名の医師たちの献身的な努力により支えられています。彼らは、学術研究面で日本の集中治療を支えてきている先生方であり、日々各施設に対して電話等でコミュニケーションを取り、各施設のベッド状況、重症患者の傾向等の情報収集をするとともにデータ収集への協力も呼びかけております。
ECMO net自体が日本救急医学会・集中治療医学会・呼吸療法学会の3学会の協賛を得て立ち上げられたものであり、大病院の救急集中治療医の学術ネットワークを基盤にしたものです。総力戦でこの苦境を乗り越えていくという目標に向けて各施設の医師が一丸となる動きを、ECMO netの医師たちによる人的なコミュニケーションがさらに促進しています。
私たちTXP Medicalの開発メンバーが2020年5月にCRISISの開発に入ってまず、各病院の「最終情報入力日時」を直ちに見えるようにしました。こうすることで、更新頻度の低い病院が一目瞭然となり、ECMO netの医師たちによるコミュニケーションが格段にやりやすくなりました。

2.数字がリアルタイムに集計され、公開されることにより、自律的な地域の集中治療病床管理に役立つという医療機関側のメリットが存在すること
続いて、私たちの開発チームは、ECMO netの先生方の依頼に基づき、CRISISのデータを統計データとして公開していく準備に着手しました。CRISISの特筆すべき特徴として、「中央にデータを集積して中央が指示を出す」スタイルではなく、各病院の所属する地域の病床状況が各病院自身で確認できるように設計していることです。
この度のコロナ渦の最初期段階で、各地域の大病院同士の自律的なベッドコントロールが始まりました。県内でCOVID-19の重症患者が発生した場合、どの医療機関がどの順で受けるか、ECMOや呼吸器の患者を何人まで受け入れ可能か?このような情報共有ニーズに対して、CRISISは有効なソリューションとして機能しました。
さらに、自身の施設で重症患者管理を行なっているにも関わらず、県全体のデータとしてカウントされていない場合は、それを申告しようという各施設のインセンティブも惹起します。このような地域の自律的な重症ベッドコントロールに役立てるために、できるだけタイムラグなく、データを各施設の担当者に返していくことを目標としています。
CRISISの入力データを毎日自動集計し、「COVID-19 重症患者状況の集計」としてWebサイト上に統計データとして公開されています。
3. 入力した情報を将来的に各施設の臨床研究者に返すことを想定した、研究用レジストリの性質を持ち合わせていること
CRISISでは、重症ベッド状況等に加えて各施設のCOVID-19の重症患者の情報のうち、氏名等の直接個人を特定できる情報を除いて、患者データを時系列で登録できる機能も備えられています。現場の医師たちにとってはCOVID-19と戦う日々の臨床業務同様に、この未知の病態に対して研究を遂行し、病態経過や重症化率を知ることも重要な責務です。
CRISISは、将来的なデータの二次利用機能として、これらの患者登録データを転送し、COVID-19の多施設臨床研究用レジストリとして研究利用することも想定しています。現場の医師にとって日々の業務を遂行と同時に臨床研究を実行するデータを収集することは至難の技です。CRISISにおいては、日々の臨床業務の中で登録した情報を将来的に多施設研究のレジストリとして研究目的の二次利用につなげられるため、医師にとってはデータ入力が無駄にならない、という感覚があります。また、将来的にデータを研究に二次利用することを想定するのであれば、医師が自ら、正確なデータを入力するインセンティブにも繋がります。

これら3つの要素に加え、CRISISのデータ入力アプリケーションは、Claris (FileMaker) プラットフォームを用いて極めて短期間で構築され、現在もなお日々進化を遂げています。この進化スピードの速さ自体も各病院を魅了していると考えられます。この詳細はこちらの記事をご参照いただくのが良いかと思います。
https://www.claris.com/ja/blog/2020/covid-19-ecmonet-crisis-part1
https://www.claris.com/ja/blog/2020/covid-19-ecmonet-crisis-part2
まとめ
現場の医師たちが求めるニーズに合致したインセンティブ設計と、ECMO netの医師たちの献身的な努力こそが、このCRISIS/COVID-19重症患者ダッシュボードを支えています。まだまだ道半ばではありますが、現場発のデータ収集プロジェクトのモデル事例としてさらなる進化を遂げていくことを目指しています。
本記事の内容が、今後、COVID-19 第3波と対峙していく日本社会にとって示唆を生むことができれば幸いです。