Interview:鈴木 貴明

筑波大学附属病院高度救命救急センター/国際医療センター講師
2011年筑波大学医学専門群卒業。救急科専門医。卒後6年間は国立国際医療研究センター病院救命救急センターにて救急診療、教育、研究に従事。同センターにおいては、東南アジア、アフリカ諸国における救急医療人材の育成、救急医療体制の構築支援を中心とした開発業務にも参画。2017年から筑波大学大学院に進学、アジア圏の後発開発途上国における救急医療体制構築に関する研究に取り組む。
救急医を目指す君へ:https://qqka-senmoni.com/3926

前回記事では「救急医療×国際開発」の可能性というテーマでお話をお伺いしました。本稿ではJAGREという団体を立ち上げて、ラオスでの「交通事故から住民の命を守る救命救急活動支援プロジェクト」についてお伺いします。

ラオスの救急医療の現状とJAGRE活動概要

ラオスの特徴

 ラオスは東南アジアの内陸国です。首都はビエンチャン市。人口約700万人、面積は24万平方キロメートル。日本の本州の広さに、埼玉県の人口ほどの人々が暮らしています。多民族国家ラオスには49民族が共存しており、一番多いのは人口の半分以上を占めるラオ族で上座部仏教を信仰しています。政府は、2020年に後発開発途上国(LDC)から脱却することを目標としていましたが、現在もLDCに位置付けられています。

保健分野の課題に関しては、国連持続可能な開発目標(SDGs)の指標において改善がみられています。しかし、下記の表が示す通り、日本や東南アジアの近隣諸国と比較するとその差は明らかで、保健医療サービスの更なる高度化が求められています。救急医療の分野では、経済発展の中で自動車利用が拡大し、その過程で交通事故件数、死傷者数の増加が社会的な問題となっています。ラオスにおける10万人あたりの交通事故者数は10万人あたり16人(2016年)を上回っており、日本では最も交通事故死者数が多かった1970年頃に相当します。

(出典)平均寿命:The world bank Data, 5歳未満死亡率・新生児死亡率:UNICEF Data, 交通事故による死亡率:WHO Global Status Report on Road Safety 2018

国際交通救急研究会(Japan Association for Global Road Traffic Accident and Emergency Medical Service: JAGRE)の概要

 交通事故による死傷者を減らすために、交通工学の専門家、救命救急医、情報システム開発の技術者など、多分野の専門家と団体で構成されたコンソーシアム(共同事業体)です。交通事故による死傷者を減少させるためには①交通事故数の低減、②交通事故における即死者数の低減、③救命救急活動の高度化が必要であり、これらの研究と実装を行なっています。具体的には「保健人材の育成」「ドライバーや市民への交通安全教育」「システムの開発・導入」の三つの異なる領域の活動に取り組んでいます。現在、私たちはラオスにおける交通事故死傷の軽減を目標として活動していますが、中長期的にはラオスにおける経験や開発した技術を近隣のASEAN諸国、さらには他の地域の途上国へと展開することを目指していきます。

現地で出会った若者たちのボランティア救急隊

ー先生がラオスに関わるようになったきっかけと、ご自身でプロジェクトを立ち上げることになった経緯を教えてください。
 ラオスに関わるきっかけは、交通事故などの外傷を減らすための外傷データバンクの作成プロジェクトに2015年に参加したことです。当時、外傷データバンクの作成以外に、日本の支援チームとしてはラオスには救急隊がないので、病院前救急・救護の支援が必要だという課題意識がありました。しかし、外傷に関する高度な専門治療が可能な医療機関は、外傷データバンクを一緒に進めていた国立ミタパープ病院のみという状況で、救急部門の医師・看護師は不足しており、脳外科、整形外科、腹部外科などの数も圧倒的に不足、既にオーバーワーク気味で、プレホスピタルを始める余裕も無いという難しい状況が見て取れました。

偶然に出会った若者たちのボランティア救急隊

 転機になったのは、ラオスにいた時に、自分が当時泊まっていた民宿の宿主さんに聞いた話でした。「ここ数年、ボランティアで救急車のサービスを回している団体がいる、ここらに住む人は事故が起きれば彼らに電話することもあるぞ」といった内容でした。プロジェクトに参加する前の事前知識では、病院側には救急搬送サービスは無いと聞いていたのですが、実は公の文書では情報として公開されていないものの民間レベルで市民がボランティアで救急車を走らせていたことが分かりました。
 でも「なんで病院は教えてくれなかったんだろう?」ということなんですが、当時は、病院と救急隊の関係性がうまくいってなかったことが原因の一つと思われました。ボランティア救急隊は市民目線で見るとヒーローですが、病院としては、事前連絡もなしに、バンバンと瀕死な患者を運んでくるので心も体も準備できていない訳ですね。ボランティア救急隊は決して間違ったことはしていませんでしたが、病院としては、その人たちが来る想定で組んでいませんので困っていました。では、この運用でボランティア救急隊が活動してくれることで、元々彼らが減らそうと思って活動を始めた「路上死」は街中から減ったのか?という点ですが、路上死こそ減ったように思えましたが、亡くなる場所が病院へと移動しただけで、街全体の死亡率が減ったようには正直思えませんでした。

1人でラオス市民に聞き込み調査を始める

 このボランティア救急隊のことをもっと知るために、活動の認知度について市民に聞きとり調査をしました。「事故が起きたらどこにかけるの?救急隊ってあるの?」と質問し、地図上に碁盤の目を引いて調査結果を書き込みました。市民からは非常に認知があることが分かり、その際に、現在一緒に活動をしている、一番大きい団体である”Vientiane Rescue1623”がやっている#1623という番号も知りました。もしラオスでプレホスピタルや救命救急支援をやるのであれば、病院側には出せる人材もなければドクターカーなどラピッドカー的なものも無いので、病院ではなく、このボランティア救急隊との協力が解決策だと思いました。そこで、さらにVientiane Rescue1623の活動同行や関係者からの聞き取り調査を行い、課題を整理していきました

ー当時のボランティア救急隊のことを詳しく教えてください。
 実は発展途上国において、公的な救急隊が無くてボランティアベースでやってることは珍しくありません。ただ、ボランティアで回している分、資金繰りに苦労して結果的に衰退していったり、質が保てなかったり、モチベーションを続けることも非常に四苦八苦されている様子を実際に目にしてきました。そうこうしているうちに、国の優先課題としてプレホスピタルが取り上げられることとなれば、公的なサービスが立ち上がるといった流れになることが多いようです。
 ラオスが特殊なのは、衰退傾向どころかボランティア団体がもう年々増えていって、今では8つの団体が活動するなど、規模が拡充されてきたことです。現在ビエンチャン市人口80ー90万に対して、救急車が36台ですので、人口比で考えると日本と遜色ない台数です。ボランティア数は700人程いて、だいたい昼間は大学生か別に本職を持っている若者が殆どです。夜間に掘っ立て小屋のようなところに集まり、寝食ともにして出動に向けて待機しています。団体によってサービスは異なりますが、酸素投与、頚椎・首のカラー、全身固定など、できるようになっています。
 私が当時ボランティア団体に接した際に感じた問題点としては、救急隊によってサービスにバラつきがあること、非常に非効率な配置で救急車が街中に分散している状態であったことでした。緊急通報をする際の番号も、団体ごとにバラバラです。ですので仮に事故を目撃した複数の一般市民が、次々に知っている番号にかけてしまうと、事故の現場に救急車が複数台来てしまうといった問題も考えられました。当時は実際にこうしたことが日常茶飯事であったとのことですが、今はだいぶ状況も改善したようです。またゆくゆくは、国立ミタパープ病院への搬送集中を避けるために患者の状況に応じた搬送先の選定や、各救急隊の番号の一本化やサービス格差を減らす為の教育、また救急隊と病院の連携を支援していく仕組みが必要だと考えました。

ラオス現地のボランテイア救急隊の様子
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