「令和2年規制改革推進会議 第5回医療・介護ワーキンググループ」にて、「議題3:救急医療が真に必要な患者に提供される仕組み」というテーマで参加された国際医療福祉大学救急科、遠藤拓郎先生(会議出席時は聖マリアンナ医科大学救急医学講座助教・同大学病院救命救急センター医長)にインタビューしました。全2回に分けてお届けします。第1回目にあたる本稿は「イギリスにおける重症度に応じた搬送の仕組み」についてご紹介します。

Interview:遠藤 拓郎

国際医療福祉大学成田病院救急科講師/聖マリアンナ医科大学救急医学講座研究員
名古屋大学卒。マッキンゼー&カンパニー、関東労災病院救急総合診療科、聖マリアンナ医科大学救急医学講座助教・同大学病院救命救急センター医長を経て現職。
日本救急医学会認定救急専門医、日本集中治療医学会 集中治療専門医、日本内科学会認定内科医、厚生労働省臨床研修指導医、ICLSディレクター、FCCSアソシエイトインストラクター、JATEC・JPTEC プロバイダー、川崎DMAT、病院前医療体制における指導医等研修(上級者)修了。ヘルスシステムの観点から救急医療の質改善に取り組んでおり、近年は在宅医療と救急医療の円滑な連携、Prehospital Early Warning Scoreについての研究に重点的に取り組んでいる。

イギリス視察の経緯

ー昨年、イギリス視察に行ったそうですが、その経緯を教えてください。


NEWSの院外での有用性
2012年に英国で入院患者を対象とした早期警告スコアである”National Early Warning Score(通称NEWS)”が開発されました。このスコアは、院内急変を未然に防ぐ活動をしている病院の方々にはおなじみだと思いますが、そのスコアが院外でも有用であるという報告が2015年以降で続いてます。イギリスのみではなく、北欧でもプレホスピタル環境におけるNEWSの有用性が報告が続いており、アジアからも報告が出始めています。これを受けて、2019年5月臨床救急学会で「当院搬送患者外来転帰予測におけるプレホスピタルNEWSの有用性」(聖マリアンナ医科大学病院救急科)を発表しました。

図1

二箇所の視察先
学会でシンポジウムなどでも発表する機会があり、多くの質問を頂くようになったため、論文読み込みだけでは知る事が出来ない事についてはどうしても現地ビジットの必要性を感じていました。英国ではプレホスピタルでNEWSがどう生かされているのか、それについて自分の目で確かめて、実際に運用している方にヒアリングをしたいと思い、英国救急医学会の発表に絡めて、2箇所の施設を視察しました。視察の1箇所目は、積極的にプレホスピタル医療を推進しているイギリスで一番大きな外傷センターです。1,000万人都市を1つの外傷センターでカバーしていて、外傷ブースを10個くらい持っている規模です。英国内はもちろん、ヨーロッパの主要国から研修生を受け入れていました。ここでは主にドクターカーを含むプレホスピタル活動が24時間365日どのような体制で持続されているのか、搬送依頼callトリアージ、そこにおけるNEWS活用について確認を行いました。2箇所目はロンドンにある高齢者介護施設で、国内のモデルケースとしてクオリティインディケーター作成などでその分野をリードしている施設でした。高齢者施設での急変時にEarly Warning Scoreをどうシステマティックに使っているか、という視点で見学しました。視察の目的を決めて、共同研究者の先生方や英国で行政の仕事をされている知人のつてを頼り、施設を選ぶ過程で半年くらいかけました。

重症度に応じた搬送体制

ー救急搬送体制の日本との違いを教えてください。

 大きな違いは、救急搬送依頼の電話時点から、重症度判定を取り入れている点で、その重症度に応じて活動が大きく異なってくるという点でしょうか。日本では、病院搬送後に搬送患者さんの重症度を医師が判定してそれは書面にも軽症、中等症、重症と記録が残りますが、英国では、病着前に重症度を判定しそれが記録に残ります。そして、その判定に基づいて救急隊の活動が大きく変わります。とはいえ、英国でも日本と同様にあまねく広く均一な医療を提供するコンセプトが大切にされており、電話が鳴ってから患者に接触して病院に運ばれるまでは、全ての症例に対して救命を前提に搬送活動が行われることになっていると認識しています。加入している民間保険で区別されるという事はなく、あくまでも患者の重症度をもとに活動の強弱をつけるシステムであると文献、今回の視察からは理解しました。

図2

 英国では、図2のように電話(日本で#119に相当)が鳴った段階で、指令室の電話トリアージの担当者がアルゴリズムにしたがって重症度を4段階に判定します。司令室は、日本で都道府県の消防局の中に指令センターに相当するところで、一括でやっています。国として、重症度に応じた患者接触時間等の目標が設定されていますので、その目標時間も念頭に救急車(2人の救命士の出動)、オートバイ、自転車、ドクターカー又はドクターヘリという現地へのアクセス手段を選択しています。
 例えば、図2Category1のLife threateningの場合には、超重症ですので、医師が病院から出動する選択があります。7分の患者接触を目指して、ロンドンではヘリを使って現場に行きます。日本ではヘリは患者さんを病院に運ぶために使われるのが一般ですが、ロンドンでは、車で向かうと道路事情ゆえにそれを達成できないので、近くの公園にヘリで降りてそこから現場まで走るという事をやっています。ドクターへリはロンドンでは外傷センターのみが所有していて、司令室からダイレクトコールでヘリ担当ドクターと操縦士に連絡がいきます。夜間はドクターカーが1台巡回しています。ドライバー兼救命士がいて、助手席に医者が乗っていて、基本は2人体制ですが、3人目にナースが乗るケースもあるようです。後ろにはドレーンバッグなど、救命に必要な医材がひと通り積まれており、中身は日本の災害DMAT隊が持参する物品と同様と思います。リストを突き合せたわけではないですが。PCPSについては通常ドクターカーチームは積んでおらず、必要な症例がある時には要請して後発部隊が持って現地に出動するという体制です。
 一方で、Category2に関しては、90%の症例で2時間以内の接触目標ということで、時間的に幅を持って設定されています。Category3、4の場合は、自転車で救命士さんが向かうということもあるようです。

ー重症度が低い場合の搬送の特徴を具体的に教えてください。

注目すべきは、不搬送の事例です。

図3

 上記図3右側下段の図は、救急隊が実際に患者さんに接触して、その後に病院へ運ぶ割合を示しています。日本でも幾らかの割合では運ばないケースもあると認識していますが、英国では病院搬送は6割ほどです。不搬送にする場合は、その場で救命士がアセスメントをして、治療をしています。もしくは、地域のGPにつなぎます。上述のCategory3、4の場合は、自転車で救命士さんが向かって、その場で処置をしますので、日本で言うところの訪問看護に近いかもしれません。
 また、不搬送を決定してその後に状態悪化する可能性は常にゼロではないが、これに対して個人の責任をどのように扱うのかについて質問をしましたが、責任の取り扱いについてはこれまでも十分な議論がされていたようで、判断した個人の責任にはならず、救急搬送アルゴリズムに従ったのだから、その作成者である国の責任になると言っていました。電話オペレーター、現場の救急士がすべて国が推奨する評価基準とそれに応じた処置方法のアルゴリズムに従って行動している訳ですから、個人の責任にはならないという事は理解できます。日本での実行を考える際には、搬送活動の強弱をつける仕組みを成立させるための要件が何であるのか?について更に深堀の調査が必要にも思います。

高齢者施設での重症度判定に関する取り組み

ー高齢者施設での重症度判定システムについて教えてください。

 日本との大きな違いは、高齢者施設での急変が起きて救急搬送したい時、重症度を評価する人が、高齢者施設側にも救急隊司令室側にも双方配置されていることです。施設側の評価者は救急隊システムの方で登録もされていて、ランキング化されています。英国では最初の発見者がアセスメントして、そのアセスメントが誰のアセスメントなのかという事も記録されるようです。施設内での急変の場合には、客観的指標の中にNEWSが入っていますし、主訴ごとの評価基準、チェック項目がリスト化されています。例えば、大腿骨頸部骨折を疑う時には、左右の長さ違うか、骨折のリスク訴因の有無など、日本でER初療でチェックする項目が搬送を要請する段階での現場に降りているという事でしょうか

ー評価者である施設職員は特定のトレーニングを受けているのでしょうか?

 はい、高齢者施設長の方はその講義と実務トレーニングを受けて、特定資格を取得されているような話をされていましたが、講義と実務トレーニングは日本で言うところのJPTECやJMECCのような内容のようです。そもそも、そのトレーニングを受講できる人は、一定の経験年数と資格がある人です。見学先の施設長は、男性看護師で、5年の病院看護を経験した後に、高齢者施設で勤務され、その後に施設長を10年くらい経験しています。

ー本日は貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました。次回は、イギリスの制度を踏まえて、日本での応用可能性についてお伺いします。

参考資料

内閣府「規制改革推進会議」 提出資料資料3
内閣府「規制改革推進会議」 議事録P34〜P43

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