慶應義塾大学法務研究科卒業、司法修習を経て弁護士登録。スタートアップから上場企業までの幅広い業種の企業法務を担当する。上場前後のベンチャー企業のM&Aや新規サービスの法的リサーチに強みを持ち、法に基づく革新的な事業の推進に注力する。
患者本人以外の関係機関への届出・患者情報の連携
弁護士の大熊一毅です。今回は、「臨床現場における診療情報の取扱い」の後半として、患者本人以外の関係機関への届出・患者情報の連携について検討したいと思います。
設例
とある私立病院の救急科に、自車を運転して交通事故に遭遇した35歳男性と、同乗していた息子と思われる6歳男児が搬送されてきた。診察・検査の結果、以下のような事実が判明した時、医師としては、どのように対応をすべきか?
ⅰ 患者から飲酒運転をしていたことが疑われた
ⅱ 患者にコカイン(覚せい剤)の使用が疑われた
ⅲ 患者が運転中、てんかんの持病のため服薬中に痙攣発作を起こしていたことが判明した
ⅳ 患者が特定のウイルスに感染していることが判明した
ⅴ 6歳男児に虐待を受けていると思しき「あざ」があったが、同児童が虐待を受けているとの確証までがあるわけではない
前提知識ー医師の守秘義務ー
(1)秘密漏示罪
医師は、その職務に鑑み、患者の医療情報等に関して法律上の強い守秘義務を負っています。具体的には、医師は、「正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を洩らしたときには、6カ月以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。」(刑法134条1項「秘密漏示罪」)とされ、守秘義務に違反をすると刑事上の罪に問われることとなります。上記設例で医師が知ることとなった各事実ⅰ~ⅴは、いずれも当該医師が診療業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密に該当し、秘密漏示罪の対象となる情報となります。
ここで、秘密漏示罪の違法性が阻却されるための「正当な理由」には、明文化はされていませんが、一般的には以下のような場合があると解されています。
- 法令で定められている場合
- より重要な利益や第三者の利益を保護する必要がある場合
- 本人の同意がある場合
(2)守秘義務とその他の要請との折り合い
上記のように、医師は守秘義務を負っていますが、犯罪の告発義務(または権利※)など、その他の高度の社会的な要請等との板挟みとなるシーンが想定されます。そういった場合に、医師はどのように行動すべきか、の視座の提供が本稿のテーマとなります。結論的には医師は、自己が負う守秘義務に対して、「より重要な利益や第三者の利益を保護する必要があるかどうか」を慎重に比較衡量をする必要があります。なお、日本医師会の「医師の職業倫理指針」においても、医師がその守秘義務を免れるのは、患者の利益を守るよりもさらに高次の社会的・公共的な利益がある場合、とされています
※公務員としての医師は、「その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない」(刑事訴訟法239条2項)とされており、一定の告発義務を負っています。また、公務員でない医師であっても、元来私人に認められている権利として、任意に告発をする権利を有しています(刑事訴訟法239条1項)。
ケースの検討
i 患者から飲酒運転をしていたことが疑われたケース
医師の負う守秘義務が、高度の職業倫理に基づくものである事に鑑みると、診療の結果として犯罪を構成する要素を知覚したとしても、直ちに捜査機関に通報することは控えるべきで、原則としては守秘義務を優先するべきであろうと考えられます。
本ケースでは、交通事故によって搬送されてきた患者であるところ、酒気帯び運転・酒酔い運転の嫌疑は濃厚ですが、守秘義務を優先し、患者の情報を捜査機関に提供することは避けるべきと考えられます。
ⅱ 患者にコカイン(覚せい剤)の使用が疑われたケース
本ケースでも、直ちに捜査機関に通報することには慎重であるべきです(法令上も、患者の違法薬物の使用が発覚した場合に、捜査機関に通報すべき義務を定めたものはありません)。基本的には、捜査機関の令状に基づく捜査を待つことが無難であると考えられます。
ただし、裁判例上、医師が、医療行為の過程で、患者が違法薬物(覚せい剤)を使用していることを認識した場合に捜査機関に通報することは、正当行為として許容される(医師の守秘義務には反しない)こととされています。これは、覚せい剤の使用が違法かつ重大な犯罪であり、これを抑止する社会的利益が、守秘義務を上回ると判断されたものと考えられます。
ⅲ 患者が運転中、てんかんの持病のため服薬中に痙攣発作を起こしていたことが判明した
医師は、自動車の運転に適さない指定疾患の患者であることを知った場合、その診療結果を公安委員会に届け出ることができる(道路交通法第 101 条の 6)とされています。これは、一定のてんかん発作などの指定疾患の診療情報を公安委員会に届け出することを認め、医師の守秘義務違反を構成しない正当な場合を法令によって特別に定めたものです(道路交通法第 101 条の 6第3項)。
ただし、本ケースでは、医師は直ちに公安委員会に届け出を行うのではなく、まずは患者に対して、運転を控えるべく説得を行うべきで、十分な説得を行ってもなお、当該患者が運転を継続していることが判明したような場合には、公安委員会への届出を検討すべきと考えられます(法律の語尾も、届け出する「できる」との任意の定めになっている点にも着目してみてください)。
ⅳ 患者がウイルス感染していることが判明したケース
医師は、患者の一定の感染症への感染の診断をした場合には、原則としてすみやかに、「その者の年齢、性別等を、最寄りの保健所長経由で都道府県知事に届け出なければならない」ものとされています(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律第12条)。これは、一定の感染症が発生した場合の指定機関への届出義務を特別に明示した一例となります。こちらは、法律の語尾は、「届け出なければならない」と、上記てんかん発作の届出よりも強い言葉が使われていますね。 従って、同ケースでは、医師は、保健所への届出をすみやかに行う必要があります。
v 6歳男児に虐待を受けていると思しき「あざ」があったが、同児童が虐待を受けているとの確証までがあるわけではないケース
まず、児童虐待の防止等に関する法律第6条では、医師を含む全ての者に対し、「児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに、これを福祉事務所若しくは児童相談所又は児童委員を介して福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない」として、通告義務を定めています。そして、児童虐待防止の必要性の観点から、「刑法の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は、第一項の規定による通告をする義務の遵守を妨げるものと解釈してはならない。」として、虐待の通告義務は医師の守秘義務に優越することが法律上、明示されています(児童虐待の防止等に関する法律第6条3項)。したがって、虐待について確証がなく、疑わしい状態であっても、医師は福祉事務所または児童相談所に、虐待が疑われる事実を通告する必要があります。
まとめ
本稿では、外部に情報を提供することが患者本人の利益と相反する可能性のあるケースを紹介しました。今回紹介した事例以外にも、患者情報の外部への届出を規律する法令は存在します。患者情報を自らの病院以外に提供をする場合には、一体どんな根拠に基づいて、情報提供を行うのか、を振り返って頂くことも有益であろうと思います。
次回以降は、患者データの利活用の可能性について紹介していきたいと思います。