寄稿:後藤 匡啓(MD, MPH, PhD)

福井大学医学部卒業後、同附属病院救急部にて研修。Emergency Medicine Alliance・Japanese Emergency Medicine Networkのコアメンバーとして活動し、JEMNet論文マニュアルを執筆。救急専門医取得後、ハーバード大学公衆衛生大学院修士課程に進学すると同時にマサチューセッツ総合病院救急部にて臨床研究に従事。帰国後は東京大学大学院臨床疫学経済学講座にて研究活動を行い、現在同講座及びTXP Medical社のChief Scientific Officerとしてデータ解析や臨床研究の指導を行っている。

臨床研究とは?

ちょっとキャッチーなタイトルをつけてしまいましたが、別にエビデンスを基に学術的な総論を述べようというわけではありません笑。単に僕が今後臨床研究を進めていく上で想像していること・考えていることの話です。もちろん異なる解釈もあることをご承知ください。

僕自身は救急医からスタートしてレジストリ研究を手伝い、留学後は保険請求データ(レセプトやDPCなど、claims/administrative dataとも呼ばれます)を用いた疫学・ヘルスサービスリサーチと呼ばれる分野の研究を中心に行ってきました。また、留学時に所属していた長谷川研究室では疫学研究からオミックスデータを用いた複合的な研究を行っていたため、オミックスデータにも少し触れる機会がありました。ヘルスサービスリサーチやオミックスデータという言葉が聞き慣れない人も多いと思いますが、ヘルスサービスリサーチとは「人に健康· 幸福をもたらすサービスを、いかに必要な人に効果的に届けるか」という領域の研究分野です。オミックス研究は遺伝子の発現結果であるトランスクリプトームや代謝物質であるメタボローム等の網羅的な測定・解析研究を総合的に体系化した分野の研究です。このように臨床医にとってやや聞き慣れない研究分野は数多く存在し、昨今はひと口に臨床研究と言ってもその幅が大きく広がってきました。

研究対象から見る

臨床研究を研究対象から見ると、患者さんの検体を取ってきて用いるバイオマーカー研究やオミックス研究があり、それから特定の患者集団を対象とした電子カルテやレジストリ研究を用いた研究が、そして全国レベルの統一された情報である保険請求データなどを用いたヘルスサービスリサーチや医療政策に関わるような研究があります。これらは研究対象と方向性が異なるので住み分けがありますが、複合的でもあり、広く「臨床研究」に含まれると思います。

研究手法から見る

臨床研究を研究手法の視点から見ると症例報告、記述研究、関連性の研究・因果推論、診断・予測モデル作成…といった枠組みがあり、これらを検討するための方法としてランダム化比較試験やケースコントロールといった疫学的研究デザインの枠組み、そして観察研究における回帰分析や傾向スコア分析・機械学習など様々な研究デザイン、統計・解析手法が用いられています。そしてメタアナリシスのようにデータを統合する手法もあって、臨床医が臨床研究の全体像を把握するのは困難を極めているのではないでしょうか。しかも近年ではNature Medicineなどの医学誌からも機械学習等を用いた臨床研究が出版されており、今までのように明確に「基礎」「臨床」と研究区分が分かれておらず、translational researchと呼ばれる基礎と臨床を繋ぐ分野の研究が大きくなり、基礎と臨床が融合しつつあるように思います。

臨床研究のデータソースは3つの軸に分かれていく

これからの臨床研究はデータソースによって大きく3つの軸に分かれていきそれらが統合されていくと思っています。なぜデータから考えるかというと、単純にイメージしやすいというのと、情報技術の発展によってこれまでにないレベル(大容量・高次元)でデータが蓄積されつつあり、従来の仮説中心の研究(hypothesis-driven)に加えてデータ中心の研究(data-driven)な研究が複合的に行われるようになってきているからです。この辺りは議論があるところですが今回は割愛します。

  1. まずは保険請求データなど悉皆データを用いたヘルスサービスリサーチや医療政策の研究です。これは政策という国や自治体などヘルスケアシステムに応じた研究に主に用いられるので質・粒度の揃ったデータベースが必要となり、日本で言えばDPCやNDBといった悉皆データが重要になります。保険請求データには医療費計算のために病名や行われた手技が記載されていますが、検体検査結果などはデータに含まれていないことが一般的です(最近は含まれているデータもあります)。

  2. 次に電子カルテ記録や画像など通常の診療業務範囲内で記録されるデータや、ウェアラブル・モバイルデバイス、あるいはスマホアプリなどで得られたデータを分析し、診断・予測モデルの作成や治療効果の推定を行う研究です。電子媒体によって取得・記録されたデータというのが分かりやすい括りでしょうか。

  3. そして検体からの情報(オミックスデータ等)と個々の病歴を繋げることで病態生理学的な視点から疾患メカニズムを探索し、治療方針を確立するレジストリ・コホート研究。これはdiscoveryが重視され、疾患メカニズムの同定や疾患・治療効果の異質性の探索、さらには基礎研究と繋げることで疾患の予防・治療を目指す研究になります。個別化/層別化/精密医療(personalized/stratified/precision medicine)にも繋がっていきます。

つまりデータソースは下記になります。
1. 保険請求データなどの悉皆データ
2. 電子カルテや画像、ウェアラブルデバイス・アプリなどの電子媒体に記録されたデータ
3. 検体から得られるオミックスなどのデータ

もちろんこれらに当てはまらない研究もあります。例えば臨床研究においてレジストリ研究は欠かせませんが、電子カルテに記録されるレベルの情報+α(例えば患者中心のアウトカム、Patient-Oriented/Reported Outcomeを用いた研究)であれば2に近いでしょうし、検体情報を詳しく見ていくなら3に近いデータになると思います。

データソース別で考える未来の研究主体は

1.保険請求データなどを用いたヘルスサービスリサーチ・医療政策研究

ヘルスサービスリサーチや医療政策研究は一般的な市中病院が行う研究ではないですから、これらは政府の組織や特定の大学・研究機関が担う研究になるでしょう。保険請求データなどを用いた政策・医療介入効果や特定の疾患の全体的なトレンドなど、NEJMLancetなどのhigh impact factor journalsに掲載されるような大規模な研究になることが多いと思います。当然ながらデータの粒度が揃っていないと全国規模の研究はできませんから、National Databaseなどのデータがもっとも活躍するケースだと思います。一方でこれらのデータを用いて現場の臨床に近い研究を行った場合はどうでしょうか。また改めて述べたいと思いますが、先に述べたように個々人の臨床詳細情報は含まれないことが多いため、臨床評価が難しい研究になりがちで、臨床医から批判を受けやすいところでもあると思います。しかしこれは研究する側の問題である「研究データと研究目的の不一致」と論文を読み解く側の「研究目的の不理解」のどちらでも起こりうるものです。またヘルスサービスリサーチや医療政策研究においては集団を対象とするため、臨床医視点に近い個別化していく医療とは敢えて逆の方向性を追求する必要があります。

2.電子カルテ・画像などの診療データ、モバイルヘルスデータを用いた研究

次に電子カルテ記録や画像を中心とした日常診療で得られるデータ、あるいはウェアラブルデバイス・アプリを用いたモバイルヘルスデータです。この領域においては、僕は企業が主体になると考えています。基本的に日常診療の延長で取得できるデータというのはレジストリも含めて電子カルテなどの記載される情報であり、これらは医者が主体的にその情報を取得してさえすれば集めることが可能です(ここが単なる後ろ向きの電子カルテ情報と前向きレジストリの大きな違いですが)。今や電子カルテ情報や画像データは企業が競い合ってその利用価値を探しています。そしてそこにGoogleやApple、Amazonといった超巨大企業からスタートアップまでが参入してきているわけです。これらの日常臨床で得られるデータの解析に加えて、新しく出現してきたアプリで収集されたデータやウェアラブルデバイスなどのモバイルヘルスデータとの連携・開発においてアカデミアがその開発速度に対応できるかどうか。個人的な意見としては、アカデミアはあくまで共同研究の形になっていく可能性が高く、また研究結果を実装するという最大の壁が存在する以上は企業が主体にならざるを得ないだろうと思います。もちろん従来のように医師主導の臨床データのレジストリは重要かつ意味があるものであり、そこから因果推論や臨床病型分類などを行うのであればアカデミアが主体になると思います。

3.検体データを用いたレジストリ、コホート研究

そしてオミックスなどのより詳細な検体データを用いた研究です。ここはアカデミアが主体になると思います(というか今もそんな感じになっているかと思いますが…)。もちろん企業も参入していますが、基本的に検体データは医療行為の延長線上にあるため、患者同意の元で医者がレジストリやコホート研究として集めてくる必要があります。そして次世代シークエンサーの登場や機械学習の発展によりこれらのゲノム・オミックスデータの解析が非常に効率的に行われるようになってきました。これらの情報は患者一人に対して莫大な量が存在しており、疾患メカニズムの同定や疾患概念・治療効果の異質性を評価していく方向に進んでいっています。つまり敗血症を敗血症として全体で見る研究はもう過去になりつつあり、もっと小さな集団(サブグループ、クラスタ)に層別化していき、最終的には個別化を目指そうという動きです。これはランダム化比較試験にも影響しており、敗血症などの単一疾患概念に対して疾患異質性を考慮せずにランダム化比較試験を行っても労力に応じた結果が得られませんから、観察研究において治療効果が認められそうな集団を先に同定して、そこからランダム化比較試験に繋げていく事になるでしょう。

さらなる領域横断的な多層・多次元データ時代に備えて

もちろんこれらのデータは単体で研究されるわけではなく、将来的には複合的な領域になり、ゲノムデータと電子カルテとウェアラブルデバイスの情報が融合したデータや、オミックスデータと画像情報と臨床情報・DPCデータなどが結合したデータなどが出てくるでしょう。そうなってくると臨床医が行える研究範囲を超えて、臨床的知見・疫学統計学的視点・ゲノム/オミックスの知識・電子カルテ/レセプトデータの知識・機械学習や情報処理技術などの知識を幅広く理解した人材、あるいは特化した人材によるチームが必要になってきます。将来の医療にはこういった人材が必要であり、現場で患者さんと向き合う医者とはまだ違った働き方をする医師も出てくるのだろうと思っています(ちなみに僕自身はこの領域の人材育成を行っていきたいと考えています)。

もちろんこれらは漠然とした将来像ですが、少なくとも自分が研究をしたいのであればどの方向性を向いているのか考えるのは大事なのではないでしょうか。もしこつこつデータを集めるレジストリ研究を行うのであればその意義を考えてないといけなくなってきていて、既存のデータから得られるような情報を人力で集めるのはナンセンスになってくるでしょう。これまで取得が困難であった患者中心のアウトカム(例えば退院後のquality of lifeなど)を用いた研究や、あるいはnoveltyの高い情報が集まるかどうかを考えていく必要があると思います。メタアナリシスにしても個別化医療に進む流れにおいて、(古典的な)集団レベルでの効果を見る場合はその意義を踏まえる必要が出てきます。また機械学習を用いてデータ分析するのであれば、それが一体何を産み出し、どうやって実装するのかを考える必要があるでしょう。

おそらく今臨床研究は大きな転換期を迎えていて、莫大なデータの増加とAIの進化により様々な研究方向性が生まれ、臨床研究者が方向性を見失いやすくなっていくのではないかと危惧しています。多分そういうときに大事なのは原点に帰る事で、「自分はなぜこの研究がしたいのか?」「この研究は一体なんの役に立つのか?」「そのために本当に必要なことは何か?」を考える事なのかもしれません。

(後藤匡啓)

Dr.Gotoの臨床研究コラム

  1. 臨床研究ができる施設とは?
  2. 臨床研究のメンター(前編)
  3. 臨床研究のメンター(後編)
  4. 臨床と臨床研究の兼ね合い
  5. これからの臨床研究を考える